イギリス人は歩きながら考える

 個人的には1980年代くらいまでは、「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す。スペイン人は走ってしまった後で考える。」という文句を時々耳にしていた気がするのですが、2021年の今日では全く聞かなくなりました。

 出典をちょっと調べてみると、国際連盟の常任代表も務めたスペインの外交官・マダリアーガが比較文化論を叙述した著書「情熱の構造」にある記述であり、これが1950年に出版された「ものの見方について」(笠信太郎 著)の中で引用されて日本で流行語になったという経緯でした。

 今日ではさすがにもう着眼点が古すぎるということになって、取り上げる人もいなくなったのかもしれません。

 

 しかし日常生活でもビジネスでも、何か大きな課題に対しては、いつ考え、どう取り組むかというのは今でも変わらない問題と言えます。

 優等生的な答えとしては、実践する前に思索を巡らしておき、実践しながらも方向性や不備を見直し、そして実践後には将来のために評価しておく、ということになるのでしょうが、現実はそう上手くは進まないものです。

 急に問題の渦中に放り込まれてしまうのであれば、事前にできる準備は無く、時間や人員や設備の乏しい環境であれば、過程でできる余裕は無く、他の問題が続発していたら、事後に残すべき遺産も無くなることが当然のようにあり得ます。

⇒ちなみにあなたには思い当たる実体験はありませんか?

 

 「歩く」と「走る」との表現の相違にも注意する必要があります。

 「歩く」というと過程で見直しを加えることや目標の変更、場合によっては撤退も想定しながら実践する意味であり、「走る」というと過程では困難な障害を突破してとにかく決まった目標まで完遂する意味と捉えられます。

 

 それでも叶うならば、できる範囲で上記の優等生的なプロジェクト・マネジメントができることに越したことはありませんので、心懸けておきたいものです。

 

 人によっては、フランス人型で「何事もまず計画性だ!事前に企画、調査、最終目標、日程などを綿密に詰めてから一気に行動するものだ。」という理念を好む人もいれば、イギリス人型で「考えているだけでは前に進まない!現場で方向や方法を微調整しながら堅実に実践するのだ。」という方針を好む人もいて、スペイン人型で「何事も実践あるのみ!上手い下手など気にせず突き進み、考えるのはその後だ。」という気構えを好む人もいることでしょう。

⇒ちなみにあなたは何型に近いでしょうか? また、何型でありたいですか?

 

 また、ここまできて日本人論が好きな方であれば、「イギリス人は~」に続けて、「日本人は~」をどう入れるかを考えたくなることでしょう。

 インターネット上で既に何例が見つけることができますが、わたしは1990年以降の「失われた20年」を念頭にして『日本人は考え込むだけで歩き出せない。』という文をひねってみましたが、いかがでしょうか? 

 

それにしても世の中には、そもそも何も実行しない口だけの人や後先のことを何も考えない人、3歩歩くと全て忘れる人も結構いるので困ったものです。(自戒とともに。)