キラキラネームは減らない

 2000年代からだろうか、『キラキラネーム』として従来の常識からかけ離れた子供の名前が増加し、テレビや新聞でときおり話題になることがありました。(2012年の新語・流行語大賞の候補のひとつに挙がってされていたそうです。)

 日本人の名付けについては、これまでも時代によって移り変わりがあったわけで、有りふれていて魅力が減ったものが使われなくなるということはある程度当然の傾向として理解できます。それでも非常に奇抜に受け止められる名前が正式な戸籍に登録されていることに驚きを感じざるを得ないという方は多いことでしょう。

 

 寛容に考えてみれば、たとえ一見して奇抜な名前であっても親御さんが夢や希望、愛情を託して命名したのであれば、他人がとやかく言う筋合いではありません。従来からの常識に囚われない、社会の自由な価値観から生まれた多様性がここにも発露していると言えなくもありません。また、実生活で判読され辛かったり、やや奇異な印象を与えたりするという不利は承知の上に違いありません。(ただし肝心の本人の了解は、命名時点ではさすがにもらえません。)

 

 勿論他方で、命名理由が浅薄であったり、漢字の使い方が不適当な当て字になっていたりすると、周辺の人から名付け親の(そうした親に育てられた人までも)知識水準や人格が疑われるのもまた当然と言えば当然の現実です。

 可愛い赤ちゃんにつけたつもりでも、成人そして老人に至ってもずっと呼ばれるものですから短絡的な思いつきで一生涯、変な印象を与えることは明らかに損な話だと思えます。

 

 出生届は生まれた日を含めて14日以内に市区町村の役所・役場に提出すれば良いので、名前を考えるのには十分な日数があると思えます。最近では妊娠中に胎児の性別を教える産婦人科もあるので、この場合は軽く数ヶ月の「長考」が可能です。

 赤ちゃんの名付け方の本はいくらでも市販されていますし、詳しい漢字の意味も簡単に辞書で調べることができる時代なのですから、やはり子供の行く末を真剣に考えているのであれば十分に考えた上で命名すべきものではないでしょうか。

 ところで逆に、良い名前とはどういうものか、というのも難しい問題であって、ここでも少なくともあまり奇抜なものは除外されるでしょう。

 

 それにしても家庭教育の重要性が様々な場面で話題になることがありますが、キラキラネームをつけるような水準の人間がいる現状では、将来を担う有為な人材を家庭内で教育してゆけるものか、非常に心もとなく困ったものです。