労働者も神様です

 三波春夫(1923~2001)のセリフ「お客様は神様です」は今でも中年以上の年代の方であれば頭の片隅に強く残っている名文句でしょう。ニコヤカにこう言って歌う姿は、まさに古典的な日本の芸人、貫禄ある実力派歌手の風情でした。もっともこのセリフについて一部では、お金を支払う側が居丈高に振る舞ったり、難癖をつけたりする人のとっての言い分とされる懸念があり、お金を受け取る側は過剰に卑屈で不利な立場を強いられるという日本社会の因習を助長させたとの見方もあるようです。

 まず先に明確にしなければならない点として、インターネット上で「三波春夫オフィシャルサイト」を参照すると、「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。」と語っており、芸を披露する場での自身の心構えから発露したセリフであることが分かります。生前の三波春夫の本意としては、上記のような因習とは全く関係は無いということです。

 自身の価値観や心構えはあくまで自らの考えで養い堅持するものと信じます。特に自己犠牲や奉仕といったことは決して他から強制されるべきものではないでしょう。

 

 それでも、おもてなしの心をもってお客様を尊重し、その満足を目指すことも捨てて良い価値観ではありません。消費者庁という役所が存在するくらいなので、お客様(消費者)を騙したり深刻な不利益を与えたりする悪徳企業が日本社会にまだまだ多く存在することは事実です。そして、他方で多くの企業が「お客様第一主義」を掛け声にして、大なり小なり日本の工業製品とサービスの内容と水準を高めていることも一方の事実と考えています。やはり「お客様は神様です」のセリフは良い意味でこれからも日本社会に定着していって欲しいところです。

 

 ここでもう一歩進めて考えたいのは、日本人はお客様(消費者)としてでのみ大切にされるのではなく、「労働者」としても、「子孫」としても、「選挙民」としても、「障碍者」としても、「年金生活者」としても、「子供」としても大切にされるべきなのです。特にお客様の反対の立場に位置することの多い労働者としては、長時間で高負担、低報酬といった条件と環境が長年にわたって問題視されているのですから、「労働者も神様です」という意識も定着させてほしいと思います。