AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

海外での交通事故での報道 「乗客に日本人はいませんでした」

 海外で悲惨な事故が起こって多くの死傷者が発生した際の報道で、「乗客に日本人はいませんでした」というフレーズが述べられることがあります。これについては、THE YELLOW MONKEYの楽曲「JAM」の一節に「乗客に日本人はいませんでした」という歌詞があるとおり、多くの日本人の心に複雑な感情を呼び起こすようです。このフレーズが報道されることに対し、安堵感を抱く一方で、自国民の安否ばかりを気にする姿勢に冷淡さや狭量さを感じ、自己嫌悪や罪悪感に似た感情を抱く人も少なくありません。

 なおこのフレーズは、海外の日本大使館や領事館への問い合わせが殺到するのを防ぐためのものであって、必要に即した安否確認の情報を伝えるという報道機関の意図も合理的であり理解できます。しかし、その意図は理解できるものの、やはり未だなお複雑な感情を抱くという意見が多いのが現状です。

 

日本人の感情の背景にあるもの

 もちろん海外の悲惨な事故について、日本で発生した場合の事故報道と完全に同じに、予定されていた番組を中断して何時間も現地情報の中継や死傷者の氏名をずっと読み上げるといった対応が流石に不要であることは十分に理解できます。しかし整理しきれない感情を多くの人が抱くのも事実です。

 日本人のこのような感情の背景には、いくつかの要因が考えられます。

  • 集団意識と連帯感:
    • 日本人は、集団意識が強く、自国民への一体感や連帯感を強く持つ傾向があります。そのため、海外での事故発生時には、自国民の安否を特に気にかけるのかもしれません。
  • 他者への配慮と共感性:
    • 同時に、日本人は他者への配慮や共感性も高く、自国民の安否ばかりを気にする姿勢に、冷淡さや狭量さを感じてしまうのだと考えられます。
  • 伝統的な道徳観:
    • 孟子の「惻隠の情」のように、他者の苦しみに共感し、助けようとする道徳観が、日本人の心の奥底に根付いていることも影響しているでしょう。
    • 先の大戦では国粋主義の価値観が訴えられていたため、その反動・反省から他国民の不幸に対しても十分な共感をしなければいけないと思うのかもしれません。

 

海外の国民性との比較

 アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスといった国々でも、多くの死傷者が発生した際の報道で自国民の安否をまず第一に気にかけるのは当然のことです。しかし、報道内容や国民の反応には、以下のような違いが見られると考えられます。

  • 個人主義と人道主義(アメリカ・イギリス):
    • 個人主義的な傾向が強く、自国民の安全を最優先する考え方が一般的です。
    • しかし、同時に、人道主義的な観点から、国際的な連帯や支援にも積極的な国民性があります。
  • 普遍的な人権意識(ドイツ・フランス):
    • 普遍的な人権意識が強く、国籍や民族に関わらず、すべての人の命の尊厳を重視する傾向があります。
    • そのため、自国民の安否だけでなく、犠牲者全体への哀悼や連帯を示す報道や反応が見られるでしょう。

 

 上記の通り海外における報道は、日本と比べて、より客観的で冷静な情報伝達を重視する傾向があります。そのため、自国民の安否を強調するよりも、事件全体の状況や背景を伝えることに重点が置かれる可能性があるようです。

 

日本の報道機関が向き合うべき課題

 日本の報道機関は、このような日本人の複雑な感情と、海外との国民性の違いを踏まえ、以下の点に注意しながら報道姿勢を見直す必要があるのではないでしょうか。

  • 道徳的価値と報道倫理の調和:
    • 事実の伝達を最優先とすべきですが、同時に、犠牲者や遺族への配慮を忘れてはなりません。
    • 「惻隠の情」に通じるような、人間への共感や哀悼の意を示すことは、報道の信頼性を高める上で重要です。
  • 情報の伝え方と表現の工夫:
    • 犠牲者や遺族の感情に配慮した言葉を選ぶことが重要です。
    • 「乗客に日本人はいませんでした」という表現は、安否確認の情報を伝えるという目的は理解できますが、受け取り方によっては冷たく感じられる可能性があります。
    • より配慮の感じられる言葉を選ぶ、例えば「日本人の被害者は確認されておりません」、「したがいまして日本大使館や領事館への問い合わせは止めてください」といった表現にするなどの工夫が考えられます。
  • 報道機関の社会的責任:
    • 報道機関は、報道倫理を徹底し、人権尊重やプライバシー保護に努める必要があります。
    • 多様な意見を尊重し、特定の価値観に偏らないようにする必要があります。
    • 情報源や報道の意図を明確にし、報道の透明性を高める必要があります。

 

冷静な分析と共感のバランス

 報道機関は、感情的にならない冷静な分析に重点を置く一方で、道徳的な要求にも応える必要があります。そのためには、以下の点に留意することが重要と考えます。

  • 客観性と倫理のバランス:
    • 冷静な分析と客観的な報道は不可欠ですが、倫理的な配慮を欠いた報道は、社会に不信感や分断を生む可能性があります。
    • 報道機関は、事実の正確性だけでなく、報道が社会に与える影響についても慎重に考慮する必要があります。
  • 報道のトーン:
    • 感情的な報道は避け、冷静で客観的なトーンを維持することが重要です。
    • しかし、冷淡な印象を与えないように、適度な人間味や共感を示すことも大切です。

 

 報道機関は、単に情報を伝達するだけでなく、社会の公器としての役割を担っています。そのため、以下の点に留意し、社会からの信頼を得る必要があります。

  • 報道倫理の徹底:
    • 報道機関は、報道倫理を徹底し、人権尊重やプライバシー保護に努める必要があります。
    • 報道倫理に関する研修や教育を強化し、報道関係者の意識を高めることが重要です。
  • 多様な意見の尊重:
    • 報道機関は、多様な意見を尊重し、特定の価値観に偏らないようにする必要があります。
    • 視聴者や読者からの意見に耳を傾け、報道内容や表現方法を改善していく姿勢が求められます。
  • 報道の透明性:
    • 報道機関は、情報源や報道の意図を明確にし、報道の透明性を高める必要があります。
    • 透明性を高めることで、視聴者や読者の信頼を得ることができ、報道機関への道徳的な要求にもこたえることができるでしょう。

 日本の報道機関は、これらの点に注意しながら、道徳的価値と報道の役割を両立させるよう努めて欲しいと期待します。