1990年代以降、社会の「多様化」が声高に叫ばれています。多様な価値観やライフスタイルを認め合い、誰もが生きやすい社会を目指す。その理念は素晴らしいもので、多くの日本人も総論としては賛同していることでしょう。しかし、「複雑系」科学の視点から見ると、日本社会における急激な多様化は、大きな混乱を生む懸念があります。
複雑系とは何か?
まず、「複雑系」について簡単に説明しましょう。複雑系とは、多くの要素が複雑に絡み合い、単純な法則では予測できない現象を研究する自然科学に属する学問分野です。1980年代後半から「カオス理論」や「フラクタル理論」といった名前で書籍も発行されてきていました。現代では、天気予報、株価の変動、生態系、そして社会システムも複雑系の対象となっています。
複雑系の研究のおおざっぱな特徴は、以下の4つです。
- 要素間の相互作用: 要素同士が互いに影響を与え合い、全体として複雑な振る舞いを示す。
- 非線形性: 小さな変化が大きな変化を引き起こしたり、逆に大きな変化が小さな影響しか与えなかったりする。
- 創発: 個々の要素からは予想できない、全体としての新しい性質やパターンが現れる。
- 自己組織化: 周囲の状況に合わせて、自然に秩序や構造が生まれる。
多様化と複雑系の関係
他方で、社会の「多様化」は、人々の価値観、ライフスタイル、文化などが多様になることを意味します。多様な人々が相互に影響を与え合うという面から、社会は複雑系として捉えることができます。
複雑系の視点から見ると、多様化は社会に以下で列挙するような好ましい影響を与える可能性があるという見解になっています。自然科学としての複雑系を理解していなくとも、こうした見解には多くの方が納得できることでしょう。
- 社会の適応力向上: 多様な要素が存在することで、社会は変化に対して柔軟に対応できるようになります。
- イノベーションの促進: 異なる視点やアイデアが交流することで、新しい価値やイノベーションが生まれやすくなります。
- 社会の複雑性増大: 一方で、多様化が進むことで、社会はより複雑になり、予測や制御が難しくなる側面もあります。
日本社会の特殊性
ここで、日本社会の特殊性に目を向けてみましょう。日本社会の歴史的、文化的な背景から、仮に以下の特徴を挙げてみます。これらの特徴は、日本社会の安定と秩序を維持する上で、現在にいたるまで一定の役割を果たしてきたと評価できます。しかし、グローバル化が進む現代社会においては、これらの特徴が今後の社会発展の足かせとなる可能性も指摘されています。
- 同質性の重視: 長い歴史の中で、日本人は共通の文化や価値観を育んできました。そのため、同質性を重視し、異質なものを排除する傾向があります。
- 高い規範意識: 日本人は、社会のルールや規範を重視し、秩序を維持しようとする意識が強いです。
- 集団主義: 個人よりも集団を優先し、全体の調和を重視する傾向があります。
日本社会における多様化のリスク
複雑系科学の視点から見ると、日本社会における急激な多様化は、以下のようなリスクを生む可能性が想定できるそうです。
グローバル化が日本よりもはるかに進んでいたヨーロッパでも、移民の受け入れを積極的に進めた結果、社会の分断や対立が深刻化しています。これは、多様化が必ずしも良い結果をもたらすとは限らない、現実社会では非常に困難であることを示唆しています。
そもそも国家予算(コスト)にも行政(人数とスキル、法整備)にも制限があるため、多様化というものを十分に理解した上で、そのための社会システムのレジリエンス(強靭性)を高めるにも限界や不備は必ず生じるものと考えておくべきかもしれません。
- 社会の分断と対立: 多様な価値観やライフスタイルが流入することで、既存の社会規範との摩擦が生じ、社会の分断や対立が激化する可能性があります。
- 社会の不安定化: 予測不能な要素が増えることで、社会システムが不安定化し、予期せぬ混乱が生じる可能性があります。
- ナショナリズムの台頭: 多様化に対する反発から、排他的なナショナリズムが台頭し、社会の分断をさらに深める可能性があります。
- システムの崩壊リスク: レジリエンスが低いシステムは、小さな変化や衝撃でも、連鎖的な崩壊を引き起こす可能性があります。例えば、経済危機や自然災害が発生した場合、社会全体が混乱し、回復に時間がかかる可能性があります。
改めて強調しておきますが多様化は、社会に活力と創造性をもたらす可能性を秘めています。しかし、日本社会においては、その特殊性を考慮し、慎重に進める必要があります。安易な多様化の推進は、社会の分断や混乱を招きかねません。複雑系科学の視点を持ち、多様性と安定のバランスを取る困難を認識しながら、社会発展を目指すことが重要です。