私たちが日常的に経験する「相談」について、少し深く掘り下げて考えてみたいと思います。誰かに悩みを打ち明ける時、私たちは少なからず勇気を振り絞っています。そんな大切な一歩を踏み出した相手に対して、私たちは本当に、その思いを真剣に受け止められているでしょうか?
日本社会に根付く「遠慮」と「我慢」の文化
私たち日本人は、小さい頃から「人に迷惑をかけてはいけない」「自分のことは自分で解決しなさい」と教えられることが多いのではないでしょうか。美徳とされる「遠慮」や「我慢」の忍耐精神は、時にSOSを出せない状況を生み出します。
「こんなことで相談しても良いのだろうか…」 「自分で何とかしなければ…」
そう考えて、ギリギリまで一人で抱え込んでしまう。そして、意を決して相談した時には、もうすでに心身ともに疲弊しきっている。「黄色信号」どころか、深刻な「赤信号」の状態であることも少なくありません。
相談する側の勇気と、受け止める側の責任
想像してみてください。長年抱え続けてきた悩みを打ち明ける瞬間、相談者はどれほどの不安や葛藤を抱えているでしょうか。「理解してもらえないかもしれない」「迷惑に思われるかもしれない」「そんなことで悩んでいるのかと呆れられるかもしれない」…様々な思いが頭をよぎるはずです。
だからこそ、相談を受けた側には、その勇気をしっかりと受け止め、真摯に向き合う責任があります。「たかがそんなこと」「気にしすぎだよ」「頑張って」といった安易な言葉で片づけてしまうことは、相談者の心を深く傷つけ、さらなる孤立を招きかねません。
ありがちな「受け止められない」対応とその背景
ところが残念ながら、私たちの周りには、相談を十分に受け止められていないと感じる事例が少なくありません。いくつか典型的なケースを見てみましょう。
これらの対応の背景には、相談を受ける側の知識不足、経験不足、時間的余裕のなさ、無責任、共感力の欠如など、様々な要因が考えられます。しかし、どのような理由があったとしても、相談者のSOSを見過ごしてしまうことは、結果として非常に深刻な事態を招きかねないということを、ここで十分に理解していただきたいと思います。
こうした対応の結果、相談する側は「相談しても無駄、無意味。」「誰も助けてくれない。」といったあきらめの境地に至るわけです。重ねて確認しておきますが、これは相談する側が「もっとしつこく相談しないから」ではなく、相談される側が未熟あるいは無能であったというのが根本原因です。
- 深刻さを理解しようとしない: いじめの相談に対して「子供同士のことだから」「大したことないよ」と軽く受け流したり、仕事の悩みに「みんな同じように大変なんだから」と共感を欠いた言葉を返したりするケースです。相談者は自分の苦しみが理解されていないと感じ、絶望感を抱いてしまいます。
- 具体的なアドバイスがない、または面倒くさがる: 仕事で分からないことを相談した際に、「自分で調べれば?」「前にも教えたよね?」といった冷たい態度を取ったり、具体的な解決策を示そうとしなかったりするケースです。相談者は「結局自分で解決するしかないのか」と感じ、相談すること自体が無意味だと感じてしまいます。
- 精神論や根性論に終始する: 困っている相手に対して、「あまり深刻にならないように」「気楽に考えれば大丈夫」「もっと頑張れ」といった精神論だけで済ませ、具体的な解決策を一緒に考えようとしないケースです。相談者は「結局何も変わらない」と感じ、見放されたような気持ちになります。
- 突き放すような態度: 相談者を甘やかさないという意図があるのかもしれませんが、「自分で考えろ」「そんなこと自分で解決できないのか」といった突き放すような態度を取るケースです。相談者は「頼りにならない」「もう相談しない方が良い」と感じ、心を閉ざしてしまいます。
プロはどのように相談を受け止めるのか?
では、プロの心理カウンセラーやメンターは、相談に対してどのような姿勢で臨むのでしょうか? 彼らの基本的な方針や方法から、私たちが学ぶべき点は多くあります。こうしたことを少しずつでも理解し実践しようと思うのであれば、あなたは「相談を本当に受け止めて」いると初めて言えるでしょう。
プロの対応に共通しているのは、「相談者の気持ちに寄り添い、共に考え、解決に向けてサポートする」という姿勢です。安易な励ましや精神論ではなく、具体的な行動や解決策に繋がるような関わり方を大切にしています。「心理的安全性」が確保されていると分かれば、相談する側も相談することに意味や価値を見出し、大きな問題に至るようなことを減らせるのではないでしょうか?
心理カウンセラーの場合:
- 受容と共感: 相談者の感情や状況を頭ごなしに否定せず、まずは全面的に受け止め、共感する姿勢を示します。「つらいお気持ちだったんですね」「よく話してくださいましたね」といった言葉で、安心できる場を作ります。
- 傾聴: 相談者の言葉だけでなく、表情や声のトーン、沈黙なども含めて注意深く聞き、言葉の奥にある感情や本当に伝えたいことを理解しようと努めます。
- 非指示的態度: 解決策を一方的に提示するのではなく、相談者自身が答えを見つけられるようにサポートします。質問を投げかけたり、感情を整理する手助けをしたりすることで、主体的な解決を促します。
- 守秘義務: 相談内容を外部に漏らさないことを約束することで、相談者は安心して本音を語ることができます。
- 客観性: 相談者の感情に寄り添いながらも、冷静な視点を保ち、客観的な状況分析を助けます。
メンターの場合:
- 経験に基づくアドバイス: 自身の経験や知識を活かし、相談者の目標達成や課題解決に役立つ具体的なアドバイスや視点を提供します。「私ならこういう風に考えた」「こんな方法を試してみるのはどうでしょうか」といった具体的な提案は、相談者にとって大きな助けとなります。
- 育成と成長の支援: 相談者の能力や可能性を信じ、成長を促すことを重視します。目標設定のサポートや、必要なスキルの習得を支援することで、相談者の自律性を高めます。
- ロールモデル: 自身の行動や考え方を示すことで、相談者にとっての良い手本となり、目標達成へのモチベーションを高めます。
- ネットワークの活用: 必要に応じて、自身の持つ人脈を紹介するなど、相談者の活動範囲を広げるサポートを行います。
- フィードバック: 相談者の言動や成果に対して、客観的な評価や改善点を提供し、成長を促します。
「大丈夫だよ」の前に、私たちができること
もしあなたが誰かから相談を受けた時、「大丈夫だよ」と声をかける前に、少し立ち止まって考えてみてください。相手はどんな気持ちで、どんな状況で、あなたに相談してくれたのでしょうか。
私たちができることは、まずは真摯に耳を傾けることです。相手の言葉を遮らず、最後までしっかりと聞く。そして、「つらいですね」「大変でしたね」といった共感の言葉を伝える。それだけでも、相談者は「自分の気持ちを受け止めてもらえた」と感じ、安心感を覚えるはずです。
次に大切なのは、安易なアドバイスや評価をしないことです。すぐに解決策が見つからなくても、焦る必要はありません。「どうしたら良いか、一緒に考えてみましょうか」「何か私にできることはありますか?」といった言葉で、共に問題解決に取り組む姿勢を示すことが大切です。
そして、もし自分自身の知識や経験が不足していると感じたら、無理にアドバイスをするのではなく、専門機関や信頼できる人に繋ぐことも重要な役割です。「もしよかったら、こういう専門の相談窓口もあるみたいですよ」「信頼できる〇〇さんに相談してみるのも良いかもしれません」といった提案は、相談者にとって新たな光となる可能性があります。
相談しやすい社会のために
社会全体として、相談を受け止める側の意識改革も不可欠です。誰もが安心して悩みを打ち明けられる、温かい社会を築いていくために、私たち一人ひとりが「相談を本当に受け止める」とはどういうことかを考え、行動していく必要があるのではないでしょうか。