今回の題は、前回の題「『横綱の品格』を求める難しさ 能力と人格の両立」と似ていますが、内容は別です。念のため。
「横綱の品格」と新しい賞の設立案
近年、日本の国技である大相撲において、横綱などによるルール違反が散見され、改めて文化理解の重要性が認識されています。力士個人の問題ではありますが、背景には、明文化されていない日本の慣習や精神性を理解することの難しさがあるのかもしれません。 (逆に、イスラム教社会のようにコーランの上で、さまざまな生活習慣や価値観などが「徹底して明文化」されていることも、珍しいのかもしれません。)
相撲部屋に入門した力士たちは「相撲教習所」で、国籍を問わず、相撲の技術だけでなく、日本の文化、歴史、しきたりについて徹底的に教育を受けます。稽古の合間や日常生活を通して、礼儀作法、言葉遣い、上下関係、食事の作法など、多岐にわたる日本の伝統が伝えられます。しかしそれでも大小の不祥事が起きるのですから、教え方や環境に問題が残されているのかもしれません。
特に、横綱という最高位を目指す力士にとって重要とされているのが「品格」という概念です。「横綱の品格」とは、単に強さだけでなく、人格、言動、立ち居振る舞いなど、全てにおいて他の力士の模範となるべき資質を指します。具体的な定義があるわけではありませんが、長年の歴史と伝統の中で培われてきた、社会からの期待や尊敬を集めるにふさわしい存在感と言えるでしょう。外国人であっても、これらの要素を十分に身につけ、周囲から認められれば横綱になることは可能です。しかし、文化的な背景の違いや言葉の壁、そして横綱という地位の重圧から、「品格」を体現することは容易ではありません。
もし仮に、横綱や大関に昇進する際に、単なる勝敗記録だけでなく、この曖昧ながらも重要な「品格」をより明確に審査するとしたら、どのような方法が考えられるでしょうか。
一つのアイデアとして、外部の有識者からなる評価委員会を設置し、昇進候補者の言動、態度、ファンサービス、過去の違反行為などを多角的に評価する方法が考えられます。また、相撲協会が横綱・大関に求められる具体的な行動規範や倫理規定を明文化し、それに照らし合わせて評価することも有効でしょう。さらに、現在の昇進審議委員会においても、「品格」に関する議論をより深め、具体的な評価項目を設定することも考えられます。長期的な視点に立ち、入門から昇進候補となるまでの継続的な言動を評価することも重要です。
これらの試みは、横綱という地位の重みを再認識させ、相撲界全体の品位向上に繋がる可能性があります。しかし、「品格」という主観的な要素を客観的に評価することの難しさや、プライバシーへの配慮、恣意的な運用のリスクなど、多くの課題も存在します。
ところで、タイの国技とされるムエタイ(タイ式キックボクシング)では、選手がウォーミングアップ代わりに行われている「ワイクルー」という舞踊の一種について、年に一度、「もっともワイクルーが美しかった選手」を選出して表彰しています。勝敗だけを唯一の価値としていない、国技の文化としての広がりを感じる部分です。
これにならって、力士の多様な側面を評価する試みとして、相撲における新たな賞の創設も考えられないでしょうか? 例えば、美しい所作を見せた力士に贈る「殊勲の所作賞」、鍛錬の跡が感じられる四股を評価する「敢闘精神あふれる四股賞」、模範的な礼儀作法を示した力士に贈る「礼儀模範賞」などはどうでしょう?
その他にも、相撲の普及や地域貢献に尽力した力士や部屋に贈る「地域貢献・国際交流賞」、新たな技や戦術を開発した力士に贈る「技能革新賞」などが考えられます。親方を対象とした「育成功労賞」、解説者を対象とした「敢闘の解説賞」、部屋や後援会を表彰する「支えあい奨励賞」、伝統文化の継承に貢献した人物に贈る「伝統継承賞」といったアイデアも考えられます。
これらの新たな賞は、勝敗以外の側面から力士や関係者の努力や貢献を称えることで、相撲の多様な魅力を引き出し、文化的な理解を深める一助となるかもしれません。選考方法や基準は、公平性や透明性を確保するために慎重に検討される必要がありますが、相撲という伝統文化を多角的に捉え、その価値を再認識する良い機会となるでしょう。
不文律の社会を理解するための「書籍」構想
相撲に限らず、日本の文化や生活習慣について、外国人からはしばしば「書いた案内が無い」という意見が出ます。これは、日本の社会が、明文化されたルールだけでなく、暗黙の了解や慣習といった不文律によって深く構成されていることに起因するのかもしれません。日本の伝統文化の根底でもある神道には経典のようなものがなく、これが永い歴史を通じて生活に深く根ざしていることも、その一因と言えるでしょう。
もちろん、他の国にも明文化されていない習慣や価値観は存在しますが、日本の場合はその複雑さや独特さから、外国人にとって特に理解が難しいと感じられる部分が多いようです。旅行ガイドのような簡単な説明だけでは、その根底にある思想や歴史的背景を理解することは困難です。
そこで、「書いた案内が無い」というのであれば作ろうではないですか。日本文化の対外理解をより深く広く促進するために、旅行ガイドよりも詳細で、専門書よりも平易な、包括的な「書籍」を構想してみたいと思います。この書籍は、単なる情報の羅列ではなく、読者が日本文化の根底にある精神や価値観に触れ、共感や新たな発見を得られるような内容を目指します。
まず、日本の歴史的背景と現代への繋がりを丁寧に解説する必要があります。古代からの主要な歴史の流れを概説し、縄文・弥生時代の自然観、稲作文化、仏教の受容、武士道の成立、明治維新、近代化、戦後の変遷といった主要なターニングポイントが、現代の文化や価値観にどのように影響を与えているのかを分かりやすく示すことが重要です。和の精神、勤勉さ、集団意識といった日本人の特徴とされる考え方が、歴史の中でどのように形成されてきたのかを紐解きます。
次に、主要な文化的要素を詳細に解説します。日本人の精神性の根幹にある神道と仏教については、それぞれの教え、儀式、生活との関わりを解説し、特定の宗派だけでなく、日本人の宗教観全体に焦点を当てます。「武士道」については、その精神、倫理観、現代社会への影響を掘り下げ、忠義、名誉、自己犠牲といったキーワードを解説します。侘び寂び、幽玄といった日本独特の美意識は、茶道、華道、能楽、俳句、日本画などの具体例を通して紹介します。食文化については、単なる料理紹介ではなく、食材、調理法、食事の作法、食に込められた意味合いを文化的な視点から解説します。地域の祭りや年中行事を通して、日本人のコミュニティ意識、自然への畏敬の念、伝統芸能との繋がりを解説し、日本語の特徴やコミュニケーションスタイルが、日本人の思考に与える影響についても考察します。家族の形態の変化や地域社会の役割、会社組織における人間関係など、日本社会の構造と人間関係の特徴も解説します。
さらに、日常生活における基本的なマナー(挨拶、お辞儀、履物、入浴など)の背景にある考え方や価値観を解説し、公共の場での振る舞いや他人への配慮といった、日本社会で重視される行動規範の根源にあるものを説明します。外国人にとって理解しにくい習慣やタブーについては、その理由や歴史的経緯を丁寧に解説することが重要です。
現代日本の多様性と変化にも目を向ける必要があります。伝統文化を守りながらも変化し続ける現代日本の姿を紹介し、都市と地方の文化の違い、世代間の価値観の相違、ジェンダーや多様性に関する意識の変化などを取り上げます。アニメ、漫画、ゲーム、ポップミュージックといった現代の日本文化が、世界に与える影響とその文化的意義も考察します。
最後に、異文化理解のための視点を提供します。日本文化を理解する上で陥りやすい誤解やステレオタイプを指摘し、多角的な視点を持つことの重要性を強調します。読者自身の文化との比較を通して、日本文化の特徴をより深く理解するためのヒントを提供し、異文化コミュニケーションにおける注意点や、相互理解を深めるための具体的なアドバイスを提供します。
海外にも、特定の国の文化や国民性を深く解説する書籍は存在しますが、日本の文化をこれほど広範かつ深く、現代との繋がりを意識して解説した書籍は、まだ少ないかもしれません。この構想の書籍が実現すれば、外国人にとって日本文化を単なる知識としてではなく、血の通った文化として理解するための貴重な道標となるでしょう。読者が日本文化の根底にある精神や価値観に触れ、共感や新たな発見を得られるような、そんな書籍を目指したいと考えます。
さてしかし、このような「書籍」の執筆と販売をしてくれる人がいるのか......