一般的に議論や意見集約における課題として、日本社会ではしばしば「誰が言ったか」に左右されてしまっているという点について、少し考えてみたいと思います。「何を言ったか」というような、内容を客観的に判断する習慣に乏しいのは、客観的に見て日本における大きな問題に違いありません。
「何を言ったか」の重要性
まず、議論や意見集約の場において、最も重視されるべきは「何を言ったか」、つまり発言の内容そのものであるという一般論から掘り下げていきましょう。
私たちはしばしば、発言者の肩書き、地位、過去の功績、あるいは個人的な印象によって、その意見の価値を無意識的に判断してしまいがちです。例えば、著名な専門家が述べた意見は、たとえ根拠が曖昧でも「あの人が言うのだから正しいだろう」と感じてしまうことがあります。逆に、経験の浅い若手社員が画期的なアイデアを出しても、「まだ若いから」という理由で軽く見過ごしてしまうこともあるかもしれません。
しかし、このような「誰が言ったか」というフィルターを通して意見を判断することは、多くの問題を引き起こします。知らないうちに先入観に囚われることのないよう、誰もが心掛けたいところです。
1. 本質的な議論の妨げ
意見の内容そのものではなく、発言者の属性に注目してしまうと、議論は深まりません。例えば、あるプロジェクトの進め方について議論している際に、「部長が言ったからこの方法で進めるべきだ」という意見が出たとします。この時、本当にその方法が最適なのか、他に有効な、見落とされている選択肢はないのかといった本質的な議論が置き去りにされてしまう可能性があります。
2. 権威主義と創造性の抑制
地位の高い人や影響力のある人の意見が常に優先される環境では、多様な視点や新しいアイデアが生まれにくくなります。若手や異質なバックグラウンドを持つ人の意見が軽視されれば、組織全体の創造性や革新性は損なわれてしまいます。太平洋戦争における日本の意思決定が良い例でしょう。大本営という権威ある機関の決定が絶対視され、客観的な戦力分析や国際情勢の判断が軽視された結果、多くの戦略的な失敗を招きました。
3. 不公平感とモチベーションの低下
発言者の属性によって意見の価値が左右される状況は、不公平感を生み出します。「結局、偉い人の言うことしか聞いてもらえない」と感じた場合、人々は積極的に意見を出すことをためらうようになり、組織全体の活力が低下してしまいます。
4. 誤った判断のリスク
権威のある人が常に正しいとは限りません。過去の成功体験や偏った知識に基づいて発言している可能性もあります。にもかかわらず、「あの人が言うのだから」と鵜呑みにしてしまうと、誤った方向に進んでしまうリスクが高まります。中国の大躍進政策では、最高指導者である毛沢東の意向が絶対的な影響力を持ち、現実を無視した政策が強行された結果、大規模な飢饉を引き起こしました。
5. 思考停止と依存心の助長
「誰かが言ったから」という理由で判断する習慣がつくと、私たちは自分の頭で考え、批判的に検討することを怠るようになります。これは、個人の成長を阻害するだけでなく、組織全体の思考力を低下させることにつながります。
これらの問題点を踏まえると、議論や意見交換においては、発言者の肩書きや先入観にとらわれず、あくまで「何を言ったか」という内容そのものに焦点を当てることが、より良い結論を導き出すために不可欠であると言えるでしょう。例えば、ブレインストーミングのようなアイデア出しの場面では、参加者の匿名性を保つことで、自由な発想を促し、内容そのもので評価する試みが有効になります。
しかし「誰が言ったか」も大切に
さて、ここまで「何を言ったか」の重要性を強調してきましたが、一方で「誰が言ったか」という要素も、コミュニケーションにおいて無視できない側面を持っています。特に、(あなたも含めて)一個人として社会や組織の中で影響力を持ちたい、組織の大きな発展や、失敗の回避に貢献したいと考えるならば、「誰が言ったか」として(例えばあなたが)信頼される存在になれるように意識することは非常に重要です。
「何を言ったか」が内容の質であるならば、「誰が言ったか」はその発言に対する周囲の信頼度と言えるでしょう。どんなに素晴らしいアイデアや正論を述べても、発言者自身が信頼されていなければ、その言葉はなかなか人の心に響かず、行動に結びつきにくいものです。
では、「誰が言ったか」として信頼されるようになるためには、どのようなことを心がけるべきでしょうか?
1. 専門性と知識の深さ
特定の分野において深い知識や経験を持つことは、発言の信頼性を高める上で非常に重要です。「この人が言うことなら間違いないだろう」と思わせるだけの専門性を身につけるためには、日々の学習と研鑽が不可欠です。
2. 一貫性と誠実さ
日頃から言動が一貫しており、誠実な態度で人と接することは、周囲からの信頼を得るための土台となります。口先だけでなく、行動で示すことによって、「あの人はいつも正直だ」「言ったことは必ず守る」という印象を与えることが大切です。
3. コミュニケーション能力の高さ
自分の考えを分かりやすく伝え、相手の意見を丁寧に聞く姿勢は、円滑な人間関係を築き、信頼感を醸成します。一方的な主張ではなく、対話を重視することで、「この人と話すと理解してくれる」という安心感を与えることができます。
4. 実績と行動力
過去の成功体験や具体的な成果は、「あの人が言うことは結果を出している」という信頼感につながります。言葉だけでなく、自ら行動し、結果を出すことで、周囲からの評価を高めることができます。
5. 共感性と人間性
他者の気持ちを理解し、共感する力は、人間関係を深める上で非常に重要です。冷徹な論理だけでなく、温かい人間味を感じさせる言動は、人々の心を動かし、信頼感を生み出します。
ここで強調したいのは、「誰が言ったか」を大切にするというのは、肩書きや地位に固執するということではありません。そうではなく、一個人として、日々の言動を通じて周囲からの信頼を積み重ねていく努力こそが重要なのです。
「何を言ったか」という内容の質を高める努力と同時に、「誰が言ったか」として信頼される人間になるための努力を続けること。この二つが両輪となってこそ、あなたの言葉はより多くの人に届き、影響力を持つようになるでしょう。
また冒頭に戻りますが、「誰が言ったかより何を言ったか」という一般原則は、客観的で建設的な議論を進める上で非常に重要な前提です。そしてまた、現実のコミュニケーションにおいては、「誰が言ったか」という個々人の信頼性もまた、発言の影響力を左右する大きな要素となります。
私たち一人ひとりが、質の高い発言を心がけるとともに、日々の行動を通じて周囲からの信頼を積み重ねていくこと。そして、発言の内容を聞いて客観的に分析し、採否や重みづけのできる組織や社会を築くことを目指したいと願います。