組織運営において、リーダーを補佐する存在は不可欠です。特に、長年の経験や知識を持つ年長者が、若いリーダーを支える「ご意見番」の役割は、組織の安定と成長に大きく貢献する可能性を秘めています。しかし、その役割を誤れば、組織に予期せぬ混乱を招きかねません。
今から遡ること120年以上前の1902年、日本陸軍の精鋭部隊が青森県の八甲田山で雪中行軍中に遭難した悲劇は、その教訓を私たちに深く刻み付けています。猛吹雪の中、指揮官である大尉は雪洞で一夜を過ごす方針を示しましたが、それに異を唱えたのが、部隊に「ご意見番」として随行していた年長の少佐でした。少佐は自身の経験から移動を主張し、結果的に部隊は更なる悪天候と疲労に晒され、多くの犠牲者を出す惨事へと繋がってしまったのです。この事例は、「ご意見番」が自らの経験を過信し、現場の状況や指揮官の判断を尊重することなく、過度に方針決定に干渉することの危険性を示唆しています。
では、組織運営を円滑に進め、未来を託せる後進を育成するために、望ましい「ご意見番」はどのような心得を持つべきなのでしょうか。「老害」などと呼ばれたくない人は、是非気を付けるべき点を確認してみてください。
多様な補佐役の類型
まず補佐役の類型を整理し、その中での「ご意見番」の位置づけを確認していきましょう。リーダーを補佐する役割は多岐に渡ります。年齢や専門性、役割の性質によって、主に以下の類型に分類することができそうです。
- 知恵袋・参謀型: 専門知識や分析力で戦略立案や問題解決をサポートする。
- 調整役・仲介者型: 関係者間の利害を調整し、円滑なコミュニケーションを促進する。
- 実行支援・オペレーション型: リーダーの決定に基づき、計画実行の実務を支える。
- メンター・育成型: 自身の経験を共有し、若手リーダーやメンバーの成長を促す。
- 批判的提言者型: 異なる視点や批判的意見を提示し、意思決定の質を高める。
この中で、「ご意見番」という類型は、特に年齢と経験を重ねた人物が、年若いリーダーに対して行う補佐を指します。その役割は、上記の類型の中でも「メンター・育成型」や、経験に基づいた「知恵袋・参謀型」の要素を強く持つと言えるでしょう。
日本型「ご意見番」の心得
日本社会においては、長幼の序という価値観が根強く存在するため、「ご意見番」は敬意をもって遇されることが多い一方、その発言力や影響力が大きくなりすぎる傾向があります。こうした文化風土を前提とすると、日本型の「ご意見番」が心得ておくべき点として以下のような要素が挙げられるでしょう。
- 謙虚さと傾聴の姿勢: 自身の経験を絶対視せず、若いリーダーの意見や新しい視点に耳を傾ける謙虚さが不可欠です。頭ごなしの否定や過去の成功体験の押し付けは、建設的な対話を阻害します。
- 大局観と客観性: 個人的な感情や過去の経験に囚われず、組織全体の長期的な利益を考慮した客観的な意見を述べることが求められます。
- 助言と支援に徹する: 最終的な意思決定はリーダーの権限であることを理解し、あくまで助言と支援に徹するべきです。決定された方針には協力し、責任はリーダーが負うという原則を尊重します。「口出し」をしたくなるでしょうけれど、あくまで口だけということです。
- 後進育成への意識: 自身の知識や経験を若い世代に伝え、育成する役割を意識する必要があります。「見て覚えろ」ではなく、体系的な指導やメンターシップを通して、次世代のリーダーを育てる視点が重要です。特に事後に「ダメ出し」をすることよりも、事前に「勘所」を絶妙に伝えることが求められます。
- 組織の調和を重んじる: 感情的な対立や公の場での批判は避け、非公式な場での建設的な対話を通じて意見交換を行うことが望ましいです。組織の和を乱すような言動は慎むべきです。
しかし、前述の八甲田山の事例や、現代における中小企業の後継者不足に見られるように、日本型の「ご意見番」の心得が十分に理解され、実践されていない側面も否定できません。権威主義的な姿勢や変化への抵抗、曖昧な役割認識、後進育成への意識不足、そして遠慮や忖度による本質的な議論の回避などが、その要因として考えられます。
欧米型「ご意見番」の心得
一方、欧米社会においては、年齢よりも個人の専門性や実績が重視される傾向があります。年長の者が「ご意見番」として若いリーダーを補佐する場合も、その発言・行動には以下のような心得が求められているようです。
- 専門性と実績に基づく信頼: 単なる年齢ではなく、特定の分野における深い知識や具体的な成功事例に基づいた信頼を築くことが重要です。「この人には聞く価値がある」とリーダーに認識されることが不可欠です。
- 間接的かつ建設的な提言: 自分の意見を押し付けるのではなく、提案という形で建設的に提言します。公の場での批判は避け、非公式な場で代替的な視点を提供し、リーダーの多角的な検討を促します。
- リーダーのビジョンへの共感とサポート: 最終的な意思決定はリーダーが行うという原則を理解し、リーダーのビジョンや目標を共有し、その実現に向けてサポートに徹します。
- メンターとしての役割: 経験の浅い若いリーダーに対して、自身の経験から得た教訓やリーダーシップに必要なスキルを公式な場だけでなく、非公式な対話を通じて伝えていきます。
- 自律性と責任感: 自分の意見や行動には責任を持ち、リーダーの決定を尊重しつつも、必要であれば専門的な見地から率直に意見を述べることが期待されます。
欧米型の「ご意見番」は、日本の「長老」のような権威的な存在というよりも、専門性と経験に基づいたアドバイザー、あるいはメンターとしての役割を担うことが多いと言えるでしょう。年齢は一つの要素ではありますが、それ以上に個人の能力や実績、そしてリーダーとの専門的な信頼関係が、その影響力を左右することになりそうです。
もっとも欧米の映画などでも、新任のエリート型のリーダーがたたき上げの現場型のスタッフと意見が衝突し、(衝突するくらい意思疎通があるのはむしろ良いとしても、)計画実行の段階になって問題が起きるというストーリーは見たことがあるような気がします。こうした衝突は、ライン&スタッフの組織における永遠の課題なのかもしれません。
後継者不足の反省と「ご意見番」への期待
近年の日本の経営における後継者不足問題は、単に後を継ぐ人がいないというだけでなく、若い世代がリーダーシップを発揮できるような育成が十分に行われてこなかったことの表れとも言えるでしょう。経験豊富な年長者が「ご意見番」としてその知識や経験を次世代に伝えることは、この課題を克服する上で非常に重要です。
だからこそ、「ご意見番」は、過去の栄光に固執したり、虚勢を張ったりすることなく、常に謙虚な姿勢で自身の心得を実践していくべきです。若いリーダーの可能性を信じ、その成長を温かく見守り、必要な時には適切な助言と支援の手を差し伸べる。自らの経験を押し付けるのではなく、問いかけや対話を通じて、若いリーダーが自ら考え、決定する力を養う。そして、組織全体の調和を重んじながらも、必要な時には建設的な批判を行い、より良い未来を築くための土台となるべきなのです。
「ご意見番」の真の価値は、その経験の深さだけでなく、未来を担う世代への思いやり と育成への情熱によって決まります。過去の教訓を未来への糧とし、謙虚な姿勢で若いリーダーを支える「ご意見番」の活躍こそが、日本の組織の持続的な発展に不可欠と言えるでしょう。