故事成語のひとつ「朝三暮四(ちょうさんぼし)」という言葉をご存じでしょうか?
「列子」(斉物論)にある説話のひとつで、飼っていた猿たちに「栃の実を朝に3つ、晩に4つ与える」と言ったら怒りだしたので、「ならば朝に4つ、晩に3つなら?」と言ったところ今度は喜んだということから、同じことなのに目先の利益(朝に3つでなく4つ食べられる)でだまされることを意味した言葉です。
しかし少しひねった視点から考え直してみると、将来のことは絶対ではありませんので、ひょっとすると約束が破られて晩はゼロになるかもしれません。そう再考してみれば、確実に早く多くの栃の実を手元に確保することはむしろ賢明な選択といえます。そしてこの考え方は会社経営にも通じるところがあると感じるのです。
もしあなたが今、商業高校や独学で簿記の入門を終え、企業の数字の仕組みについて少しずつ理解し始めたところなら、会計記録・財務諸表が企業の過去の活動を雄弁に語ってくれることに、きっと面白さを感じているのではないでしょうか。
ただし、企業の活動は過去の記録だけでは語れません。未来に向かって成長し続けるためには、今持っているお金をどのように使い、これから入ってくるお金をどのように管理していくか、つまり「財務・資金管理」の視点も不可欠になってきます。
財務・資金管理は簿記・会計に応用分野といえるため、簿記検定でも商業高校の教育課程でも大きく取り扱われないのが現状です。しかし財務・資金管理は、現在と未来のお金の流れを予測し、コントロールすることで企業の価値を高めていくという現実の会社経営においては欠かせない会計分野です。
今回は、簿記の基礎を学んだ方に向けて、なぜ次に財務・資金管理にも触れておくべきか、その重要性と基本的な考え方を、いくつかのキーワードを交えながら、分かりやすく解説・紹介していきたいと思います。
なぜ「お金の流れ」に目を向ける必要があるのか?
簿記を学ぶことで、企業の財政状態(貸借対照表)や経営成績(損益計算書)、そして現金の動き(キャッシュ・フロー計算書)といった財務諸表の基本的な見方が身についたはずです。これらの情報は、企業の健康状態を診断する上で非常に重要です。
しかし、過去の健康診断の結果だけを見て、将来も安泰と言えるでしょうか?もちろん、過去のデータは未来を予測する上で重要な手がかりとなりますが、未来は常に不確実性に満ちています。特に現代は、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)と呼ばれる予測困難な時代です。
このような時代において、企業が生き残り、成長していくためには、手元にある「お金」をどのように効率的に活用し、将来必要となるお金をどのように確保していくかという視点が不可欠になります。これが、まさに財務・資金管理の重要な役割なのです。
財務・資金管理の羅針盤:「現在価値」という考え方
財務・資金管理を考える上で、まず理解しておきたい重要な基本概念の一つが「現在価値」です。別の言い方をすると、会社の外に利息と物価変動が存在することを考慮する必要があるということです。
私たちは普段、今日100円で買えるものは、1年後の100円では同じものを買えないかもしれないと感じていますよね。これは、お金には時間的な価値があるからです。現在の100円は、1年間運用すれば利息を生み、100円以上の価値になる可能性もあります。また、インフレ(物価変動)によって物の値段の方が大きく上がる可能性もあります。
財務・資金管理では、将来のお金の価値を現在の価値に割り引いて考える(現時点から将来に向けて利率を掛けるのではなく、将来の時点から現在に向けて利率で割る)ことで、より合理的な意思決定を行います。例えば、将来100万円の利益が見込める投資案件があったとしても、それが10年後の話であれば、現在の価値に換算すると100万円よりもずっと小さくなる可能性があります。この「現在価値」の考え方は、投資意思決定の際に非常に重要な判断基準となります。
「資金効率」を高める
企業にとって、お金は血液のようなものです。滞りなく流れ続けることで、企業は円滑な活動を維持できます。このお金の流れを効率的に管理し、投入した資金に対してどれだけの成果を生み出せているかを示すのが「資金効率」という考え方です。
例えば、「在庫投資」は、販売機会を逃さないために必要な活動ですが、過剰な在庫は資金を眠らせ、保管コストを増大させるだけでなく、陳腐化リスクも生み出してしまいます。適切な在庫量を維持し、「在庫回転率」を高めることは、資金効率を高める上で重要なポイントです。
また、企業が保有する「現金投資」も、ただ眠らせておくだけではもったいないですよね。短期的な運用で少しでも利息を得たり、将来の成長のために事業に再投資したりすることも、資金効率を高めるための重要な活動です。
利益が出ても倒産?「黒字倒産」の恐怖
簿記を学んだ皆さんは、「利益が出れば会社は安泰」と思っているかもしれません。しかし、会計上の利益と実際のお金の流れは必ずしも一致しないことがあります。これが「黒字倒産」という恐ろしい現象を引き起こす可能性があります。
例えば、売上が順調に伸びていても、「売掛金の回収遅延」が長引いたり、「在庫投資」が過剰になったりすると、帳簿上は黒字でも、手元に支払いに必要な現金がなくなり(仕入れ代金や銀行への返済など)絶対必要な支払いができなくなると、最悪の場合、倒産(銀行取引停止)してしまうこともあり得るのです。
「え、そんなことってあるの?」 はい、実際に起こりうるのです。だからこそ、損益計算書上の利益だけでなく、キャッシュ・フロー計算書を通じて、実際のお金の流れをしっかりと把握し、「資金管理」を徹底することが、経営者にとって非常に重要な責務となるのです。
目先の利益と将来の利益
企業の経営においては、短期的な「目先の利益」を追求することも重要ですが、そればかりに目を奪われていると、将来の成長の芽を摘んでしまう可能性があります。
例えば、コスト削減のために必要な設備投資を怠ったり、将来の収益源となる研究開発を抑制したりすると、短期的な利益は確保できるかもしれませんが、長期的な競争力を失い、結果的に将来の利益を損なうことになりかねません。
財務・資金管理においては、短期的な収益性と長期的な成長性のバランスを考慮した意思決定が求められます。将来の「将来の利益」を見据え、適切な投資を行うことも、重要な資金管理の役割なのです。
財務戦略の重要性
現代は、技術革新のスピードが速く、市場のニーズも多様化しており、将来の予測が非常に難しい時代です。このような「確実性」の低い、まさに「VUCA」の時代においては、過去の経験や成功事例だけでは通用しないことも多くあります。
だからこそ、企業は常に変化に対応できるよう、柔軟な財務戦略を立てておく必要があります。複数のシナリオを想定した資金計画を策定したり、リスク管理を徹底したりすることも、不確実な時代を生き抜くための重要な資金管理の要素となります。
さあ、財務・資金管理の世界へ!
簿記の基礎を学んだ皆さんは、企業の数字を読むための第一歩を踏み出しました。更に簿記・会計の勉強として原価計算や管理会計などの分野などが続いて広がっています。しかし財務・資金管理も、その知識をさらに深め、企業の未来を創造するための羅針盤となるものですので、是非少しでも関心を持つようにすることをお勧めします。
簿記の知識を土台として、ぜひ資金管理の世界にも足を踏み入れてみてください。きっと、これまで見えなかった企業の姿や、お金の持つ力に新たな気づきが得られるはずです。もう「朝三暮四」は笑えませんよね。