世界三大料理というのは、フランス料理と中華料理、そしてトルコ料理なのだそうです。もしもこれを知らない日本人に世界三大料理を選べと言われたら、どこの文化圏の料理が挙がるでしょうか?おそらくカレーで馴染みのあるインド料理を挙げる人も多いのではないかと思います。
広大な国土と悠久の歴史、そして多様な民族と文化を背景に育まれたインド料理は、単なる食事の域を超え、生活、宗教、哲学と深く結びついた豊かな文化です。中華料理と並び称されるほど奥深いその世界を、基礎から総合的に眺めていきましょう。
驚くべき地域ごとの多様性
広大なインド亜大陸は、北部のヒマラヤ山脈から南端のインド洋まで、東西に広がる砂漠地帯から豊かな緑の平野まで、多様な気候と土壌を有しています。この地理的な多様性が、インド料理の信じられないほどのバリエーションを生み出しています。
- 北部インド料理: 小麦を主食とし、タンドール(壺窯)で焼き上げるナンやロティといったパンが欠かせません。濃厚なクリームやヨーグルト、ナッツ類をふんだんに使用したリッチなカレーが特徴で、肉料理も豊富です。シークカバブやタンドリーチキンは、その代表格と言えるでしょう。
- 南部インド料理: 米が主食であり、サンバル(豆と野菜の煮込みカレー)、ラッサム(酸味とスパイスの効いたスープ)、クレープのようなドーサ、蒸しパンのイドゥリなど、軽やかで酸味とスパイスが際立つ料理が多いのが特徴です。ココナッツミルクやマスタードシード、カレーリーフが多用されます。
- 東部インド料理: ベンガル地方を中心に、魚介類やココナッツミルクを使った料理、そして甘味の強いデザートが特徴的です。マスタードオイルを独特の風味付けに用いるのもこの地域の特色です。
- 西部インド料理: グジャラート州やマハラシュトラ州などを含み、菜食料理が非常に豊富です。豆や野菜を巧みに調理し、甘味、酸味、辛味のバランスがとれた料理が多く見られます。ロティやバクリといったパンも日常的に食されます。
スパイスの活用
インド料理の核心をなすのは、多種多様なスパイスの存在です。スパイスは単に辛味を加えるだけでなく、料理に深みのある香りや風味を与え、食欲を刺激します。また、多くのスパイスは消化促進や抗炎症作用など、健康に良いとされる効能も持ち合わせています。
- ホールスパイス: クミンシード、コリアンダーシード、カルダモン、クローブ、シナモンスティックなどは、そのまま油で熱することで芳醇な香りを引き出し、料理の土台を築きます。
- パウダースパイス: ターメリック、チリパウダー、コリアンダーパウダー、クミンパウダーなどは、調理の過程で加えられ、料理の色、風味、辛さを調整します。
- ガラムマサラ: 数種類のスパイスを独自にブレンドしたミックススパイスは、地域や家庭によって配合が異なり、料理の仕上げに加えることで、香りを一層引き立てます。
多様な調理法
インド料理では、素材の持ち味を最大限に引き出すための様々な調理法が用いられます。
- 炒める (Bhuna): スパイスを油でじっくりと炒め、香りを引き出す工程は、多くのインドカレーの基本です。
- 煮る (Pakana): 肉や野菜をスパイスやヨーグルトと共に時間をかけて煮込むことで、素材の旨味が凝縮し、味が深く染み込みます。
- 焼く (Tandoori): タンドールと呼ばれる高温の壺窯で肉やパンを焼くことで、独特の香ばしさと風味を与えます。
- 揚げる (Talna): パコラのようなスナックから、主菜の一部まで、様々な揚げ物がインド料理には欠かせません。
健康への意識
インドの伝統医学である「アーユルヴェーダ」は、食生活と深く結びついており、食材の持つ効能や体質に合わせた食事の重要性を説いています。インド料理には、このアーユルヴェーダの思想が色濃く反映されています。
中華料理の世界に伝わる「医食同源」という考え方は、淵源はインドにあるのかもしれないと個人的には想像しています。
- スパイスの薬効: 多くのスパイスは、消化を助け、免疫力を高め、体内のバランスを整えると考えられています。
- 六味調和: アーユルヴェーダでは、甘味、酸味、塩味、辛味、苦味、渋味の6つの味(ラサ)をバランスよく摂ることが重要とされ、インド料理はこの調和を意識して作られています。
- 旬の食材: 季節ごとの食材を取り入れることは、アーユルヴェーダの基本的な考え方であり、インド料理でも旬の恵みを大切にしています。
食事の作法
インドにおいて、食事は単に栄養を摂取する行為ではなく、家族や友人とのコミュニケーションを深める大切な時間です。
- 手食 (手で食べる): 伝統的に右手を使って食事をする習慣は、料理の温度や感触を直接感じながら食べることで、より深く味わうためと言われています。
- ターリー: 様々な種類のカレー、野菜料理、パン、ライスなどが一つの大きなお皿に盛り付けられたターリーは、多様な味を少しずつ楽しむことができる、インドの代表的な食事スタイルです。
さて、実は個人的にインド料理文化に対して感じる不満がひとつあり、それは食器がシンプルな金属製のものばかりで、美観の面で少し損をしていることです。
この背景には、ステンレスなどの金属製の食器の方が丈夫で割れにくく、繰り返し使えるため、日常使いに適している点、また洗いやすく、高温消毒にも適しているので清潔さを保ちやすいという点といった生活上の利点があるようです。しかしもう少し何とかならないものかと、金属トレーを観ながら感じています。
世界への広がり
インド料理は、インド国内だけでなく、インド洋周辺から世界各地に広がり、それぞれの土地の文化と融合しながら発展してきました。イギリスを経由して日本に紹介されたカレーはその代表的な例ですが、マレーシア、シンガポール、中東、アフリカ、北米、オセアニア、ヨーロッパなど、多くの国で本格的なインド料理が親しまれています。
日本に定着したインド料理
日本でも、カレーライスをはじめとして、多くのインド料理が定着し、私たちの食卓を豊かにしています。
- ナン (Naan): モチモチとした食感と香ばしい風味が魅力の平焼きパン。カレーとの相性は抜群です。
- タンドリーチキン (Tandoori Chicken): ヨーグルトとスパイスに漬け込んで焼き上げた鶏肉料理。ジューシーでスパイシーな味わいが人気です。
- ビリヤニ (Biryani): スパイスと肉、魚介、野菜などを米と共に炊き込んだ、香り高い炊き込みご飯。
- サモサ (Samosa): スパイシーな具材をパイ生地で包んで揚げた、軽食やおやつにぴったりの一品。
- ラッシー (Lassi): ヨーグルトをベースにした、甘くて爽やかな飲み物。食後のデザートやリフレッシュに最適です。
カレーだけじゃない!おすすめメニュー
日本でインド料理店を訪れる際、ついついカレーから選んでしまいがちですが、実はカレー以外にも魅力的な料理がたくさんあります。ここでは、ぜひ試してみたいメニューをご紹介しましょう。これらの魅力的な料理にも挑戦して、インド料理の世界をさらに深く探求してみてはいかがでしょうか。きっと、新しい発見と美味しさに出会えるはずです。
-
ドーサ (Dosa): 南インドの代表的な料理で、米と豆を発酵させた生地を薄く焼き上げたクレープのようなものです。サンバル(豆と野菜のカレー)やココナッツチャツネと一緒に食べるのが一般的で、パリッとした食感と発酵による独特の風味が楽しめます。様々な種類があり、中にスパイスで炒めたポテトを詰めたマサラドーサは特に人気があります。
-
イドゥリ (Idli): 同じく南インドの料理で、米と豆を発酵させて蒸した、ふわふわとした食感の蒸しパンです。消化にも優しく、朝食や軽食として親しまれています。サンバルやチャツネと一緒にいただきます。
-
パニールバターマサラ (Paneer Butter Masala): インドのチーズであるパニールを、トマトベースの濃厚でクリーミーなソースで煮込んだベジタリアンカレーです。バターの風味とスパイスの香りが食欲をそそり、ナンやロティとの相性も抜群です。肉を使わないため、ベジタリアンの方にもおすすめです。
-
ダールマッカーニ (Dal Makhani): 黒レンズ豆とキドニー豆をバターとクリームでじっくりと煮込んだ、濃厚でコクのある北インドの豆カレーです。時間をかけて煮込むことで豆の旨味が引き出され、深い味わいが楽しめます。ナンやライスと一緒にどうぞ。
-
ヴェジタブルビリヤニ (Vegetable Biryani): 様々な野菜とスパイス、バスマティライスを層にして炊き込んだ、香り豊かなベジタリアンビリヤニです。肉が入っていなくても、スパイスの複雑な香りと野菜の旨味で十分に満足感があります。ヨーグルト(ライタ)を添えて食べるのがおすすめです。
-
チョーレバトゥーレ (Chole Bhature): 北インドの人気のストリートフードで、スパイスで煮込んだひよこ豆のカレー(チョーレ)と、揚げパン(バトゥーレ)のセットです。揚げたてのバトゥーレは熱々でフワフワしており、スパイシーなチョーレとの組み合わせは絶妙です。
-
ロガンジョシュ (Rogan Josh): カシミール地方の代表的なマトンカレーです。ヨーグルトやスパイス、香味野菜でじっくりと煮込まれたマトンは柔らかく、濃厚な味わいが特徴です。深みのある赤い色も食欲をそそります。