AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

「やまとごころ」は他国に分かるのか

 今日のテーマは、私たちが日本人としての誇りを持ちながら、グローバル社会で他国の文化と共存していくために、どのように考えを整理すべきか、という少し深いお話です。ひとりよがりの愛国心にならないために。

 

黒田節の「大和心になりぬべし」

 先日ふと、日本の民謡である黒田節の歌詞にある日本人の心情や価値観が、世界的に普遍性を持つのかという点について考えました。(侍が大きな盃と槍を抱えている姿の人形を見たことのある人も多いでしょう。)「酒は飲め飲め♪」で有名な黒田節については、そのメロディーに合わせてさまざまな人が歌詞を作っているのですが、ここで題材としたいのは、「花より明くる三芳野(みよしの)の 春の曙(あけぼの)見わたせば  唐国(もろこし)人も高麗(こま)人も 大和心(やまとごころ)になりぬべしという詞です。この美しい情景描写は、自然への感動という普遍的な感情に訴えかける可能性があります。また、異文化を持つ人々も同じように感じるだろうという共感の念は、平和への願いという普遍的なテーマにも繋がります。

 しかし日本の風景が持つ文化的意味合いや美意識を、「唐国人」や「高麗人」と本当に共有できるかというと、かなり難しいのではないでしょうか。「大和心」という言葉も、日本人にとっては様々な意味合いで受け止めることができますが、外国人にはピンとこないと思われます。感動や共感は、個人の経験や各国の文化的背景によって大きく左右されるため、謡われたような感動への共感は得られ難いのではないでしょうか。

 

 また、10年以上前のあいまいな記憶になりますが、紅白歌合戦か24時間テレビの番組終盤に出演者一同で小学唱歌の「ふるさと」を歌った直後のこと。ある一人が一言、「これは世界的に共感できる歌でしょう。」という主旨の発言をして、わたしは直ぐに「そんなわけないだろうなぁ。」と感じたのです。望郷心というのはたしかに世界的に共感できるテーマではありますが、山でウサギを追ったり、川でフナを釣ったりという体験をできる人(あるいは直ぐにイメージできる人)は世界でも少数派でしょう。世界は広く、白夜の雪原も灼熱の砂漠も鬱蒼たるジャングルも絶海の孤島もあるのですから、日本の原風景を世界中の人が容易に共有できるとは思わない方が良いと思います。

 

自文化中心主義

 それでも、私たち日本人のなかには、日本で育まれた文化的価値観が他国の人々にも同様に尊重・共感されると信じる傾向が(いわゆる「ネトウヨ」でなくとも)見られます。この背景には、いくつかの要因が考えられるでしょう。

 まず、「自文化中心主義」です。人は自分の属する文化を基準に物事を判断しがちで、長年培ってきた自国の文化や価値観を「当たり前」だと感じてしまいます。特に、自国の文化に誇りを持っている場合、その価値観が普遍的であると過信してしまうことがあるでしょう。

 次に、「成功体験の過度な一般化」です。日本の勤勉さや規律正しさといった価値観が経済成長を支えたという成功体験があると、これらの価値観は世界中で賞賛されるべきだと考えてしまうことがあります。

 また、「情報の偏りや不足」も影響します。海外の情報に触れる機会が限られていたり、自国の文化を肯定的に捉える情報に偏っていたりすると、他国の文化や価値観の多様性を十分に理解できません。メディアや教育において、日本の文化の独自性や素晴らしさが強調される一方で、他国の文化との違いや異なる価値観の存在が十分に伝えられていない可能性も考えられます。

 さらに、「コミュニケーションの不足」も挙げられます。実際に他国の人々と深く交流する機会・経験が少ないと、表面的な理解にとどまり、相手の文化や価値観を内面から理解することは難しくなります。言葉の壁も、深いコミュニケーションを妨げる要因となるでしょう。

 そして、「理想化された国際関係の認識」も影響します。国際社会は友好的であるべきだという理想が先行し、文化や価値観の違いによる摩擦や誤解の可能性を軽視してしまうことがあります。

 これらの要因が過度な自国中心主義と結びつくと、他国の文化や価値観を軽視したり、否定したりする危険な国粋主義的な考え方に繋がる可能性があります。自国の文化こそが優れており、他国の文化は劣っていると考える、自国の価値観こそが普遍的であり、他国の人々も最終的にはそれを受け入れるべきだと考える、自国の文化や価値観を他国に押し付けようとする、といった考え方は、他文化への理解を妨げ、国際的な摩擦や対立を生み出す原因となりかねません。

 このような状況を避けるためには、他国の文化や歴史、価値観を積極的に学び、理解しようとする姿勢が不可欠です。多様な情報源から客観的な視点で学び、実際に他国の人々と交流し、自文化を相対化する視点を持つことが重要です。文化や価値観の違いは当然であり、尊重すべきものであるという認識を持つことが、国際社会においてより建設的な関係を築く上で不可欠と言えるでしょう。

 

文化の普遍性

 一方で、歴史を振り返ると、イギリスやフランスで生まれた哲学・思想、古代ギリシャ・ローマの民主主義やスポーツ、インドの仏教やヨガ、中国の儒教や武術など、特定の地域で生まれた文化が、国境を越えて世界中で受け入れられ、現代社会に大きな影響を与えている例も数多く存在します。このように、ある文化が発祥国以外でも「普遍性」を持ち、広く受け入れられるためには、いくつかの重要な条件や要素が考えられます。

 まず、「人間共通の根源的なテーマや価値観との親和性」です。喜び、悲しみ、愛といった普遍的な感情に訴えかける文化や、人生の意義といった根源的な問いへの示唆を与える哲学、正義や公平さといった多くの社会で共有される倫理観と調和する価値観は、共感を呼びやすく、受け入れられやすいと言えます。

 次に、「論理的整合性や合理性」です。哲学や科学のように、論理的に体系化され、普遍的な法則性や説明力を持つ知識体系は、異なる文化圏の人々にも理解されやすく、教育や研究を通じて広まりやすいです。また、スポーツのルールや技術のように、具体的な目的を達成するための実用性や機能性が高い文化も、その恩恵を求める人々によって受け入れられやすいでしょう。

 さらに、「柔軟性と適応力」も重要です。時代や社会の変化に合わせて、その文化自体が柔軟に変化・適応できる力を持っていることは、普遍性を保つ上で不可欠です。また、他の文化と接触した際に、排他的になるのではなく、相互に影響を与え合い、新しい形を生み出すことができる文化は、より多様な人々に受け入れられる可能性を広げます。

 「伝播力とコミュニケーション」も欠かせません。文字、宗教、芸術、メディア、教育など、その文化を効果的に広めるための手段が存在することが重要です。グローバル化が進んだ現代においては、インターネットやSNSも大きな役割を果たします。複雑な概念も、分かりやすい言葉や象徴的な表現で伝えられることで、より多くの人々に理解されやすくなります。また、その文化の魅力が効果的に伝えられることも重要です。

 そして、「歴史的・社会的な要因」も影響します。発祥国の政治的・経済的な力や、歴史的な影響力(植民地の宗主国など)が、その文化の伝播を後押しすることがあります。また、当時の社会が抱えていた課題に対する解決策や、新たな視点を提供した文化は、共感を呼び、後世にまで影響を残すことがあります。

 これらの要素が複合的に作用することで、特定の地域で生まれた文化が国境を越えて広がり、「普遍性」を獲得し、世界中の人々に受け入れられるようになるのです。普遍性を持つ文化は、単に「良いもの」というだけでなく、人間の根源的な部分に触れ、時代や環境の変化にも適応できる力を持っていると言えるでしょう。

 

日本人の愛国心と伝統文化

 さてここで改めて、最近の日本人の愛国心や伝統文化を忌避する傾向についても考えてみましょう。グローバル化が進み、多様な価値観に触れる機会が増える中で、自国の文化や伝統を相対的に捉える、つまり日本文化も辺境の習わしのひとつに過ぎないと見なす動きは自然な流れかもしれません。しかし、自国の文化を理解し、誇りを持つことは、国際社会における自己認識を確立する上で非常に重要です。

 重要なのは、愛国心と排他的なナショナリズムを明確に区別することです。愛国心は、自分の国や故郷を愛し、その発展や幸福を願う健全な感情であり、文化や歴史、そこに住む人々への愛着が根底にあります。一方、ナショナリズムは、自国を絶対視し、他国を排斥したり優位に立とうとしたりする思想であり、時に危険な方向へ向かう可能性があります。私たちが育むべきは、他文化を尊重する姿勢を持ちながら、自国の良いところを愛する成熟した愛国心です。

 そのためには、伝統文化を現代的な視点から再評価し、その本質的な価値を理解することが重要です。伝統文化は、単なる古い慣習ではなく、先人たちの知恵や美意識、価値観が凝縮されたものであり、現代社会においても示唆に富む発見があるはずです。普遍的な要素、例えば自然への畏敬の念や他者への思いやりといった価値観を意識することで、国籍を超えた共感を呼ぶ可能性も秘めています。

 また、自国の歴史や文化の光と影を客観的に認識し、多角的な視点と批判的精神を持つことが不可欠です。自文化を絶対的なものとして捉えるのではなく、世界には多様な文化や価値観が存在することを理解し、尊重する姿勢を持つことが重要です。情報に鵜呑みにするのではなく、批判的に評価する能力を養うことが、偏った愛国心やナショナリズムに陥らないための防波堤となります。

 グローバルな視点を持つことも重要です。私たちは一つの国家の国民であると同時に、地球社会の一員であるという意識を持つことで、他文化への尊重の基盤を築くことができます。多様な文化の中で自身のアイデンティティを確立し、日本人としての誇りを持ちながら、他者との違いを認め、尊重する姿勢が、これからの国際社会で求められる資質と言えるでしょう。

 

成熟した愛国心と文化尊重のために

 成熟した愛国心と伝統文化への尊重を持ちながら、他国の歴史や文化の独自性を尊重する態度を忘れず、普遍性のある文化の条件を理解するためには、以下のような具体的なアプローチが考えられます。

  • 歴史教育の見直し:  自国の歴史だけでなく、他国の歴史や文化もバランス良く学び、多角的な視点を養う。
  • 異文化交流の促進:  積極的に海外の人々と交流し、直接的なコミュニケーションを通じて相互理解を深める。
  • メディアリテラシーの向上:  情報の真偽を見極め、偏った報道に惑わされない批判的思考力を養う。
  • 文化イベントへの参加:  伝統文化に関するイベントだけでなく、他国の文化を紹介するイベントにも積極的に参加し、視野を広げる。
  • 対話と議論の重視:  愛国心や伝統文化に関する様々な意見に耳を傾け、建設的な対話や議論を通じて理解を深める。

 これらの努力を通じて、私たちは過剰な国粋主義に陥ることなく、自国の文化に対する健全な誇りを持ち、他国の文化を尊重し、グローバル社会で共存していくための知恵と態度を身につけることができるはずです。

 そういえば日本のマンガやアニメは、どう考えても海外に向けて発信することを考慮していないように思えますが、一部の作品は海外で人気を博することがあります。やはりときには「やまとごころ」になることがあるのかもしれません。

 私たち日本人が、自らの足元をしっかりと見つめながら、世界に開かれた視点を持ち、多様な文化を尊重し、共に未来を築いていくことができるよう、これからも考えを深めていきたいと思います。