以前に「今さらながら紹介 人生100年時代を笑顔で!「8020運動」って何?」というタイトルで高齢化に関わる歯の健康については、解説記事を書きましたが、今回はいわば続編になるでしょうか。意外と見過ごされがちな「耳の健康」について、特に高齢化に伴う聞こえの低下(老人性難聴)を中心に、その影響、早期発見の方法、そして日常生活での対策までを簡単に解説していきたいと思います。
「目は心の窓」「歯は健康のバロメーター」といった言葉があるように、目や歯の健康については比較的に関心が高いテーマです。実際、近視の多さから視力に関する情報は溢れていますし、歯の健康維持のための「8020運動」のような啓発活動も広く知られています。
しかし、耳の健康はどうでしょうか?聞こえの低下は、日常生活に静かに、しかし確実に影響を与えていくもの。今回は、なぜ耳の健康問題への関心が比較的薄いのか、そして、放置することでどのような影響があるのかを掘り下げていきましょう。
なぜ耳の健康問題への関心は低いのか?
目や歯と比べて、耳の健康問題への関心が低い背景には、いくつかの理由が考えられます。
- 症状の自覚のしにくさ: 視力低下はすぐに日常生活での不便を感じますが、聴力低下は徐々に進行することが多く、本人も周囲も気づきにくいことがあります。「年のせいかな?」と見過ごされがちで、具体的な不便さを感じるまで受診に至らないケースも少なくありません。
- 情報発信や啓発活動の不足: 目や歯に関する情報は、学校検診や企業、メディアを通じて積極的に発信されています。しかし、高齢化に伴う聴力低下をはじめとする耳の健康問題は、ターゲット層が高齢者になりがちなため、情報伝達の難しさや関心の低さから、広範な啓発活動に繋がりにくい側面があるかもしれません。
- コミュニケーションの変化: 現代社会は視覚情報が中心となり、聴覚情報の重要性が相対的に低下している可能性があります。スマートフォンやインターネットによる文字や映像でのコミュニケーションが増え、直接的な会話の機会が減っていることも、聴力低下による不便さを感じにくくさせているかもしれません。
高齢化による聴力低下(老人性難聴)とは?
高齢化に伴う聴力低下は、「老人性難聴」と呼ばれ、加齢によって内耳の機能が徐々に低下することで起こります。一般的には、以下の特徴を持って進行します。
- 高音域から聞こえにくくなる: まず、女性や子供の声、鳥の鳴き声など、高い音が聞き取りにくくなります。
- 徐々に低い音域にも影響が広がる: 進行すると、男性の声など低い音も聞こえにくくなります。
- 言葉の聞き取りが悪くなる: 音は聞こえていても、言葉として理解する能力が低下することがあります。特に、騒がしい場所では聞き取りが困難になります。
- 両耳に起こることが多い: 通常、左右両方の耳に同じ程度で進行します。
- 進行の速度は個人差が大きい: 生活習慣、遺伝的要因、基礎疾患などによって進行の速度は異なります。
年齢別の有病率としては、65歳以上で軽度から中等度の難聴を持つ人の割合が増え始め、75歳以上になると中等度から高度の難聴を持つ人の割合が顕著に増加します。85歳以上では、多くの方がコミュニケーションに困難を感じるレベルの難聴を抱えていると言われています。
老人性難聴を放置することの深刻な影響
老人性難聴を放置することは、単に「聞こえが悪くなる」という問題だけではありません。私たちの心身の健康や社会生活に、深刻な悪影響を及ぼす可能性があるのです。
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コミュニケーション能力の低下と社会生活への影響:
- 聞き間違いや聞き返しが増え、会話がスムーズに進まなくなることで、家族や友人との間に誤解が生じやすくなります。
- 会話への参加が億劫になり、外出を控えたり、趣味の活動をやめてしまったりと、社会との繋がりが希薄になることがあります。
- 仕事上の指示や会議の内容が聞き取りにくくなることで、業務に支障をきたし、キャリア形成にも影響が出かねません。
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心理的な影響:
- 聞き取れないことへのいらだち、誤解による不信感、コミュニケーション不足による孤独感などから、怒りっぽくなったり、悲観的になったり、諦めやすくなったりすることがあります。
- 社会的な孤立やコミュニケーションの困難さは、抑うつ状態を引き起こすリスクを高めることが指摘されています。
- 周囲の状況が把握しにくくなることで、不安を感じやすくなることがあります。特に、緊急時の情報伝達が困難になることは、大きな不安につながります。
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認知機能への影響:
- 近年、老人性難聴と認知症の発症リスクの関連性が注目されています。音の情報が適切に脳に伝わらないことで、聴覚野を含む脳の活動が低下し、認知機能全体の低下を招く可能性があります。
- 聞き取ろうとすることに過剰なエネルギーを使うため、記憶や理解といった他の認知機能に使える資源が減ってしまうと考えられています。
- コミュニケーション不足による社会的な孤立は、認知症のリスクを高める要因の一つとされています。複数の研究で、難聴の程度が重いほど、認知症を発症するリスクが高まることが示唆されています。
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転倒リスクの増加:
- 内耳は聴覚だけでなく、平衡感覚も司っています。加齢に伴う内耳機能の低下は、バランス感覚の悪化を招き、転倒のリスクを高める可能性があります。
- 周囲の音を聞き取りにくいことで、危険を察知することが遅れ、転倒につながることも考えられます。
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全身の健康への影響:
- 社会的な孤立や活動量の低下は、運動不足や生活習慣病のリスクを高め、全身の健康状態に悪影響を及ぼす可能性があります。
早期発見のためにできること
健康診断の聴力検査は、初期の軽度な難聴や特定の周波数帯の異常を見逃す可能性があります。日常生活で早期に兆候を捉えるためには、以下の点に注意しましょう。
- 家族や周囲の人から「最近、テレビの音が大きい」「聞き返すことが多い」などと言われるようになったら、注意が必要です。
- 電話での聞き間違いが増えたり、相手の声が小さく感じたりすることが多くなったら、聴力低下のサインかもしれません。
- 騒がしい場所での会話が以前より困難に感じるようになったら要注意です。
- 音楽の高音部分や、鳥の鳴き声、電子音が聞こえにくいと感じたら、早期の難聴の可能性があります。
- 耳鳴りを自覚することが、難聴の初期症状として現れることがあります。
- 以前は聞こえていた小さな音が聞こえなくなったなど、聞こえ方の変化に気づいたら記録しておきましょう。
- スマートフォンのアプリで簡易的な聴力チェックを試してみるのも良いですが、あくまで目安とし、気になる結果が出たら必ず耳鼻咽喉科を受診してください。
- 定期的に耳鼻咽喉科を受診し、詳細な聴力検査(標準純音聴力検査、語音聴力検査など)を受けることが、早期発見には最も有効です。
日常生活でできる予防と対策
老人性難聴の進行を遅らせ、生活への影響を最小限に抑えるために、日常生活で以下の習慣を心がけましょう。
- 騒音を避ける: 若い頃からの騒音暴露は、加齢による聴力低下を早める可能性があります。大きな音のする場所では耳栓を使用しましょう。
- 適度な音量で音楽を聴く: イヤホンやヘッドホンを使用する際は、音量を上げすぎないように注意しましょう。
- 耳を休ませる: 連続してイヤホンやヘッドホンを使用せず、適度に耳を休ませる時間を作りましょう。
- ストレスを管理し、十分な睡眠をとる: ストレスや睡眠不足は、自律神経の乱れを引き起こし、内耳の血流に影響を与える可能性があります。
- バランスの取れた食事を心がける: 内耳の細胞や神経の働きを維持するために、ビタミン、ミネラル、抗酸化物質などをバランス良く摂取しましょう。
- 適度な運動を習慣にする: 全身の血行を促進することは、内耳の血流改善にも繋がります。
- 生活習慣病を予防・管理する: 高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、内耳の血管を障害し、難聴のリスクを高める可能性があります。
- 禁煙する: 喫煙は血管を収縮させ、耳への血流を悪くします。
- 耳のマッサージ: 耳周りの血行を促進するマッサージは、内耳への血流を改善する可能性があります。優しく行いましょう。
- 聞こえに不安を感じたら、早めに専門医に相談し、必要であれば補聴器を装用する: 適切な補聴器を使用し、早期から対策を行うことで、聴覚機能の維持やコミュニケーション能力の低下を防ぐことができます。
補聴器に対する誤解と理解
目の機能低下にはメガネ、歯の喪失には入れ歯があるように、聞こえの低下には補聴器という有効な手段があります。近年、補聴器の技術は目覚ましく進歩しており、以前のような「うるさいだけ」「目立つ」といったイメージは変わりつつあります。小型で目立ちにくいものや、騒音抑制機能、指向性機能など、様々な機能を搭載した高性能な補聴器が登場しています。
しかし、補聴器の装用をためらう高齢者もいらっしゃるのは事実です。その理由としては、聞こえの自覚の遅れ、補聴器へのネガティブなイメージ(目立つ、煩わしい、高価、効果がないなど)、周囲の理解不足、身体的な問題、心理的な抵抗などが挙げられます。
大切なのは、補聴器は決して「聞こえを完全に元に戻す魔法の道具」ではないということ、そして、効果を最大限に引き出すためには専門家による適切な調整と、装用する本人の慣れが必要だということです。しかし、多くの中度までの難聴の方にとって、適切な補聴器は日常生活におけるコミュニケーションを大幅に改善し、生活の質を高める大きな助けとなります。
まとめ
今回は、高齢化に伴う聴力低下(老人性難聴)を中心に、その影響、早期発見の方法、そして日常生活での対策について詳しく解説しました。聞こえの低下は、放置すると心身の健康や社会生活に様々な悪影響を及ぼします。
「年のせいだから仕方ない」と諦めずに、聞こえに不安を感じたら早めに耳鼻咽喉科を受診し、適切な診断と対策を行うことが大切です。補聴器をはじめとする様々なサポートを活用することで、いつまでも豊かなコミュニケーションと活動的な生活を送ることができるはずです。