(今回の話題は寒冷地にお住まいの方にとっては常識に属することですので、お読み飛ばしていただくことをお勧めします。)
冬の北海道や北米の都市を訪れた際やその街並みの映像を見た際に、皆さんはふと舗装道路の状況に目を留めたことはありますか?時に目にするひび割れや、まるでクレーターのような大きな穴ぼこ(通称:ポットホール)。「なぜこんなに道がボロボロなんだろう?」「インフラ整備の税収が足りないのか?」などと素朴な疑問を感じた方もいらっしゃるかもしれません。
実はこれ、「気温の低さ」と密接に関わる、切実な問題なんです。今回は、この寒冷地特有のインフラ損傷メカニズムから、暮らしを守るための知られざる努力まで、分かりやすくご紹介したいと思います。
道路がボロボロになるワケ
寒冷地の道路が傷みやすい最大の原因は、ズバリ「凍結融解作用(とうけつゆうかいさよう)」です。この現象は寒冷地では静かに、しかし確実にインフラを蝕んでいる現象です。
アスファルト舗装には、肉眼では見えないほどの小さなひび割れや隙間が無数に存在します。ここに、雪解け水や雨水がじわじわと浸透していくのですが、気温が氷点下になると、浸透した水が凍りつきます。
ご存知の通り、水は凍ると体積が約9%も膨張します。この膨張の力が、舗装を内側から文字通り「押し広げる」のです。そして気温が上がって氷が水に戻ると、その空間は空洞となり、アスファルトの接着力は弱まります。
この弱くなった舗装の上を、毎日たくさんの車が走ることで、タイヤの衝撃が加わり、ひび割れはさらに拡大し、最終的にはアスファルトがごっそり剥がれてしまう「ポットホール」ができてしまうわけです。この「凍結 → 融解 → 衝撃」のサイクルが繰り返されるほど、道路の損傷は加速していきます。
舗装道路以外にも公共設備への影響
凍結融解作用は、舗装道路だけにとどまらず、私たちの生活を支える様々な公共設備にも大きな影響を与えています。
水道管・下水管
地中に埋められたり、建物の外壁を這っていたりする水道管や下水管も、凍結融解作用の被害者です。
- 凍結膨張: 管の中に水が残った状態で凍結すると、水の膨張力で管自体が破裂してしまうことがあります。特に、古い金属管や塩ビ管は劣化で脆くなっているため、被害が甚大になりがちです。
- 凍上(とうじょう): 地中の水分が凍って地盤全体が持ち上がる「凍上」現象が起きると、埋設された管に不均等な力がかかり、破損につながることもあります。
このような被害を防ぐため、寒冷地では「凍結深度」を考慮して管を深く埋設したり、地上部分には保温材や電熱ヒーターを巻いたりする工夫がされています。また、家庭では、就寝時や長期不在時に家中の水を抜くための「水抜き栓(不凍栓)」が普及しており、凍結防止の強い味方となっています。
橋梁
橋のコンクリート構造物も、凍結融解作用の標的です。
- 凍害: コンクリート内部に浸透した水が凍結・融解を繰り返すことで、コンクリートがボロボロと剥がれ落ちたり(スケーリング)、ひび割れが生じたりします。
- 塩害との複合劣化: さらに厄介なのが、冬に道路に撒かれる融雪剤(塩化カルシウムなど)です。この塩分がコンクリート内部に浸透すると、凍害と相まって鉄筋の腐食を加速させ、コンクリートが大きく剥がれ落ちる「爆裂」を引き起こすこともあります。
橋の長寿命化のためには、凍害に強い「AEコンクリート」の使用や、水が浸透しないよう防水層を設けるといった対策が不可欠です。
建物全般
住居などの建物も例外ではありません。
- 基礎の凍上: 住宅の基礎の下の地盤が凍上を起こすと、基礎が持ち上げられ、建物全体が歪んでしまいます。これにより、壁にひび割れが入ったり、ドアや窓の開閉ができなくなったりするなどの問題が発生します。
- 外壁・屋根材の凍害: タイルやモルタル、瓦などの外壁材や屋根材も、水が浸透して凍結融解を繰り返すと、ひび割れ、剥がれ、変色といった損傷を受けます。
これらの被害を防ぐためには、凍上を抑えるための基礎の深さの確保や、基礎の下に断熱材を敷く工夫、そして凍害に強い建材の選定や、適切なシーリングによる水の浸入防止が重要となります。
技術と戦略で立ち向かう行政の対応
このような慢性的かつ深刻なインフラの損傷に対し、北海道開発局をはじめとする行政機関は、長年にわたり多岐にわたる施策を講じています。
1. より強い素材と工法の開発・導入
- 高耐久性アスファルト・コンクリート: 凍結融解や低温に強い「改質アスファルト」や、凍害に強い「AEコンクリート」といった、高性能な材料の採用が今や寒冷地では標準となっています。
- 凍上対策の進化: 地盤の凍上を防ぐため、凍上しにくい材料への置き換え(置換工法)や、地中への熱移動を遮断する断熱材の活用など、より効率的でコストパフォーマンスの高い技術が導入されています。
- 研究機関の活躍: 北海道開発局の付属機関である寒地土木研究所は、この分野の日本のトップランナーとして、常に最先端の研究開発を進め、新たな技術や工法を生み出しています。
2. 「予防保全型メンテナンス」への転換
かつては、インフラが壊れてから修繕する「事後保全」が主流でした。しかし、それでは莫大な費用がかかり、災害リスクも高まります。そこで近年は、損傷が軽微なうちに点検・診断を行い、早期に補修を行う「予防保全型メンテナンス」へと大きく舵を切っています。
- 点検技術の高度化: ドローンやAIを活用した画像解析など、最新技術を駆使して効率的かつ正確な点検を行い、損傷の兆候を早期に発見しています。
- 長寿命化計画: 施設ごとに詳細な長寿命化計画を策定し、計画的な補修を行うことで、施設の寿命を延ばし、トータルコストの削減を目指しています。
3. 地球温暖化への挑戦
近年指摘されている地球温暖化は、寒冷地のインフラ維持管理に新たな、そしてより複雑な課題を突きつけています。「気温が上がれば凍結被害は減るのでは?」と単純に思いがちですが、そうとは限りません。
- 「ゼロクロッシング」の増加: 冬期の平均気温は上がっても、日中の気温が0℃を超え、夜間は0℃を下回る「ゼロクロッシング」と呼ばれる日数がかえって増える傾向にあります。これにより、凍結と融解のサイクルが頻繁に繰り返され、かえって舗装や管の損傷が加速する可能性があります。
- 降雪・降雨パターンの変化: 雪ではなく雨が降る回数が増えたり、一度に大量の雨が降ったりすることで、舗装内部への水の浸透量が増え、凍結融解作用が促進されるケースも報告されています。
- 永久凍土の融解: 北極圏に近い地域では、地球温暖化による永久凍土の融解が、その上に建設された道路や建物、パイプラインなどのインフラに壊滅的な被害をもたらしており、国際的な課題となっています。
このような気象条件の変化を見据え、行政は「気候変動適応策」として、新たな設計基準や施工方法の検討を進めています。単なる補修ではなく、将来の気候変動を見据えた「ライフサイクルコスト」の最適化を図り、よりレジリエンス(強靭性)の高いインフラを構築しようと努力しているのです。
見えないところで支えられる寒冷地の生活
今回ご紹介したように、寒冷地におけるインフラの維持管理は、私たちが想像する以上に、高度な技術と継続的な努力の上に成り立っています。
道路のひび割れ一つとっても、その背景には「凍結融解作用」という避けられない自然の厳しいメカニズムがあり、それに対抗するために、様々な素材や工法、そして賢明な維持管理計画が練られているのです。
もし次に冬の寒冷地を訪れる機会があったら、ぜひ道路や橋、建物の足元にも目を向けてみてください。そこには、私たちの安全で快適な暮らしを守るために、日々奮闘する人々と、彼らの知恵と技術の結晶が息づいていることを感じられるはずです。