AirLand-Battleの日記

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霞が関ビル:日本の高層ビル進化論

 今回は、日本の高度経済成長期のシンボルでもあった「霞が関ビル」から始まり、今や世界中で建ち並ぶ超高層ビルにまつわる興味深いお話をお届けします。

 日本の高層ビルといえば、多くの人が今でも1968年に完成した霞が関ビルディングを思い浮かべるのではないでしょうか。147mという当時の圧倒的な高さは、「日本一」の代名詞として記憶に深く刻まれています。また、容積の比喩として「霞が関ビル〇〇杯分」などといった形容があります。(ちなみに1杯で約50万㎥とのこと。)しかし、現在日本で最も高いビルは、2023年に完成した港区の麻布台ヒルズ森JPタワー(325m)。霞が関ビルの倍以上の高さになっています。

 なぜこんなにも高層ビルが増え、その高さが伸びていったのでしょう? 日本の特殊な事情や、海外の状況も踏まえながら、高層ビル建築の歴史と背景を調べてみましょう。

 

日本一の座は戦後どのように移り変わった?

 戦後の日本の高層ビルは、経済成長と技術革新の軌跡を映し出すかのように、その高さを更新し続けてきました。

1960年代の幕開け:

  • 戦後初めての高さ日本一となったのは、1964年竣工のホテルニューオータニ ザ・メイン(73m)。
  • そして、1968年には日本初の100m超え、霞が関ビルディング(147m)が登場。これが日本の超高層ビル時代の幕開けとなります。

1970年代の競争:

  • (意外にも)霞が関ビルの記録はすぐに塗り替えられ、1970年には世界貿易センタービル本館(初代)(163m)、1971年には京王プラザホテル(179m)が続きます。
  • 1974年にはついに200mの壁を突破した新宿住友ビル(210m)と、それを上回る新宿三井ビルディング(225m)が新宿副都心に誕生。
  • そして1978年には、旧巣鴨プリズン跡地にサンシャイン60(240m)が完成し、「東洋一」の展望台として大きな話題を呼びました。

90年代から21世紀へ:

  • 1991年には新宿副都心の象徴として東京都庁第一本庁舎(243m)が日本一に。
  • 1993年には横浜みなとみらいのシンボル、横浜ランドマークタワー(296m)が誕生し、約20年間にわたりその座を保持しました。
  • 2014年、ついに300mを突破し、大阪にあべのハルカス(300m)が完成。戦後初めて大阪のビルが日本一となりました。
  • そして現在、日本で最も高いのは、2023年に完成した麻布台ヒルズ森JPタワー(325m)です。

 このように、たった数十年で日本の高層ビルは、その高さを約4倍にまで伸ばしてきたことがわかります。

 

地震大国・日本で高層ビルが建ち続ける背景

 日本は地震が多く、地盤も軟弱な地域が多いことで知られています。「そんな場所でなぜ、これほど高いビルが建てられるの?」と思う方もいるでしょう。その背景には、目覚ましい技術の進歩、都市開発の方向性、そして法規制の変化が深く関わっています。

1. 驚異の耐震技術

  • 柔構造理論から制震・免震構造へ: 初期には、地震の揺れにあえて合わせて建物を揺らすことでエネルギーを逃がす「柔構造理論」が採用されました。これは五重塔の構造からヒントを得たとも言われています。
    • さらに進化を遂げたのが、建物内にダンパーなどの装置を組み込み揺れを吸収する制震構造や、建物と地面を切り離して揺れを伝えにくくする免震構造です。これらの技術は、巨大地震に耐えうるだけでなく、揺れを抑えることで建物の損傷や内部の被害も大幅に軽減できるようになりました。
  • 高強度材料と基礎技術: 高層ビルを支えるためには、より強く、粘り強いコンクリートや鉄骨が必要です。高強度コンクリートや高強度鋼材の開発により、より細い柱や梁で建物を支えられるようになりました。また、軟弱地盤でも高層ビルを支えるための深層地盤まで杭を打ち込む杭基礎工法や、地盤改良技術も進化しています。

2. 都市開発とニーズの変化

  • 都市機能の集約と再開発: 高度経済成長期以降の都市部への人口集中に伴い、限られた土地を効率的に活用するため、高層化が求められました。オフィス、商業施設、ホテル、住宅などを複合した超高層ビルは、都市の利便性を高め、活性化に貢献しています。老朽化した建物の建て替えや、未利用地の活用としての再開発でも、高層ビルは都市の顔として計画されます。
  • 国際競争力の強化: 経済のグローバル化が進む中で、高層ビルは都市の象徴となり、国内外からの企業誘致や観光客増加に繋がるという側面もあります。

3. 法規制の柔軟化と整備

  • 高さ制限の撤廃と新耐震基準: 1960年代以前は、建築基準法で高さ45mの制限がありましたが、技術の進歩を背景に1963年の改正でこの制限が撤廃されました。これにより、霞が関ビルが建設される道が開かれました。また、1981年には震度6強~7程度の地震でも倒壊しない「新耐震基準」が導入され、より安全な建物が求められるようになりました。
  • 日照権への配慮と緩和: 高層ビル建設で問題となるのが、周囲の住宅への日照阻害です。日本では「日照権」という概念が判例で認められ、建築基準法では日影規制(建物の影が隣地の日照時間を制限する)や斜線制限(道路や隣地との距離に応じて高さを制限する)が設けられています。 しかし、同時に、建物の敷地内に広場や緑地などの公開空地を設けることで、容積率の割増しが認められる「総合設計制度」なども導入されています。これは、高層化を促しつつ、都市環境の改善も両立させるための仕組みです。

 

アメリカとヨーロッパの高層ビル事情

 日本でこれだけ高層ビルが建つのもすごいですが、アメリカやヨーロッパではどうでしょう? それぞれの地域にも独特の事情があります。

アメリカ

 アメリカの映像を見ると、海辺のすぐそばに高層ビルが林立している様子を目にすることがあります。日本ではまったく見られない光景です。これにはいくつかの理由があります。

  • 広大な平野と安定した地盤: アメリカには広大な平野が広がる地域が多く、海岸線に沿って比較的安定した地盤を持つ場所も少なくありません。これにより、高層ビルの建設に適した土地が豊富で、日本の軟弱地盤や複雑な地形に比べて建設コストを抑えやすい傾向があります。
  • 地震リスクの地域差: アメリカでもカリフォルニア州などは地震リスクが高いですが、東海岸などでは日本ほど地震が頻繁ではありません。この地域差が、法規制や建築コストに影響を与えます。
  • 都市開発の方向性: アメリカの多くの海岸都市は、観光やリゾート開発が盛んです。フロリダ州のマイアミビーチのように、ホテルやコンドミニアムといった高層建築物が集積し、独自のスカイラインを形成しています。また、地域ごとのゾーニング(土地利用規制)が多様で、高層化が許可される区域が明確に定められています。

ヨーロッパ

 ヨーロッパでは、アメリカや日本とは異なる、高層ビルに対する考え方があります。

  • 歴史的景観の厳格な保護: ヨーロッパの多くの都市、特にパリやロンドンといった歴史的な中心部では、中世以来の美しい街並みが残されており、これらが都市のアイデンティティであり、重要な観光資源でもあります。そのため、高層ビルの建設には非常に厳しい高さ制限景観規制が設けられていることが多いです。パリ中心部では、エッフェル塔やモンパルナスタワーといった例外を除き、37m程度の高さ制限があるほどです。
  • ビジネス地区の集約: しかし、高層ビルを完全に避けているわけではありません。パリのラ・デファンス地区やロンドンのカナリー・ワーフ地区のように、歴史的中心部から離れた場所に、ビジネスや金融の中心地として超高層ビルが集中して建設されています。ドイツのフランクフルトは、「ドイツの高層ビルの95%が集まる」と言われるほど、高層化が進んでいる都市です。
  • 採光権と都市計画: イギリスでは「採光権」という古くからの概念があり、隣接する建物によって窓からの光が遮られることに対する権利が保護されています。これは日本の日照権と似ていますが、より古くから確立されたものです。各都市の都市計画やゾーニング規制の中で、建物の高さや配置が細かく定められ、日照や通風にも配慮されています。

 

世界のトップを走る高層ビルたち

 最後に、現在の世界の高層ビルベスト10を見てみましょう。このランキングを見ると、超高層ビル建築の中心が、中東とアジアに移ってきていることがよく分かります。

順位 ビル名 高さ (m) 完成年 国名 都市名
1 ブルジュ・ハリファ 828 2010 アラブ首長国連邦 ドバイ
2 ムルデカ118 679 2023 マレーシア クアラルンプール
3 上海中心 (Shanghai Tower) 632 2015 中国 上海
4 アブラージュ・アル・ベイト・タワーズ 601 2012 サウジアラビア メッカ
5 平安国際金融中心 (Ping An Finance Center) 599 2017 中国 深圳
6 ロッテワールドタワー 555 2017 韓国 ソウル
7 ワン・ワールド・トレード・センター 541 2014 アメリカ ニューヨーク
8 広州CTF金融センター 530 2016 中国 広州
8 天津CTF金融センター 530 2019 中国 天津
10 チャイナ・ズン (CITIC Tower) 528 2018 中国 北京

注:このランキングは、居住・オフィスなどの用途を持つ「高層ビル」を対象とし、電波塔などは含みません。)


 いかがでしたか? 霞が関ビルが日本の高層ビル時代の幕を開けてから、わずか半世紀ほどの間に、日本の建築技術は目覚ましい進歩を遂げ、世界と肩を並べる高層ビルが次々と生まれてきました。そして、世界全体では、経済成長著しいアジアや中東が、高層ビル建築の新たな中心地となっていることが見て取れます。それぞれの国や都市が持つ歴史、地形、文化、そして経済的な背景が、高層ビルの街並みを形作っているんですね。

 しかし今でも、「地震や台風の多い日本で、こんなに高いビルを建てちゃって大丈夫なのかな?」と余分な心配が消えません。みなさんはどのように感じましたか?