AirLand-Battleの日記

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応急処置講習はAED偏重かも

 皆さんは応急処置の講習を受けたことがあるでしょうか? 最近の応急処置講習、特に心肺蘇生法とセットで学ぶ「普通救命講習」などでは、AED(自動体外式除細動器)の使い方が中心になっていると感じた方が多いのではないでしょうか。「昔はもっと色々な怪我の手当を教わったのに、現行の講習ではAEDばっかりで偏ってる?」そんな疑問を持つ方もいるかもしれません。

 今回は、なぜ現代の応急処置講習がAEDを重視しているのか、その背景と理由を解説します。そして、AED以外の、日常生活で役立つ応急手当を学びたい場合に、どんな道筋があるのかもご紹介します。

 

「救命の連鎖」の鍵となるAED

 まず、なぜAEDが現行の講習の中心になっているのか、その最大の理由からお話ししましょう。

 日本国内では、年間約7.9万人もの方が心臓突然死で亡くなっています。これは1日あたり約200人という、非常に残念な数字です。心臓突然死の多くは、心臓がけいれんして血液を全身に送れなくなる「心室細動」という不整脈が原因です。この心室細動を止めるには、一刻も早く電気ショックを与えること(除細動)が唯一の有効な治療法なのです。

 心臓が止まってから数分間が、命の瀬戸際。「救急車が来るまで何もしなければ、助かる命も助からない」と言われるのは、このためです。心臓が止まっている間、脳への血流も止まるため、時間とともに脳に深刻なダメージが蓄積し、たとえ心拍が再開しても重い後遺症が残ったり、最悪の場合は助からなかったりします。

 ここで登場するのが「救命の連鎖」という考え方です。

  1. 心停止の予防
  2. 早期認識と通報(119番通報)
  3. 心肺蘇生とAEDによる早期除細動
  4. 二次救命処置・集中治療

 この連鎖の「3番目」、つまり一般市民が行える初期対応こそが、救命率を大きく左右するのです。特に、早期の胸骨圧迫(心臓マッサージ)で脳や臓器にわずかでも血液を送り続け、そこにAEDによる早期除細動が加わることで、劇的に救命率が向上することが科学的に証明されています。

 

2004年にAEDの一般市民使用が解禁

 実は、AEDは以前、医師や救急救命士といった特定の医療従事者しか使えない医療機器でした。しかし、心臓突然死の多さと、AEDの早期使用がどれほど重要かという認識が高まる中で、大きな転換点が訪れます。 それが2004年7月に厚生労働省が一般市民によるAEDの使用を解禁したことです。

 この法改正は、日本の救急医療における一大イベントでした。これにより、駅や商業施設、学校、スポーツ施設など、多くの人が集まる場所にAEDが設置されるようになりました。まさに「誰でも、どこでも」命を救うチャンスが生まれたのです。

 AEDは、音声ガイダンスとイラスト表示で、医療知識のない一般の人でも迷わず操作できるよう設計されています。電気ショックが必要かどうかもAEDが自動で判断してくれるので、安全に使うことができます。

 このように、心臓突然死の多さ、早期除細動の絶大な効果、そして一般市民によるAED使用が解禁されたことが、現代の応急処置講習でAEDが主役となった主要な背景であり理由です。限られた講習時間の中で、最も「命を救う」ことに直結するスキルとして、AEDの使用法が優先的に教えられるのは、極めて合理的と言えるでしょう。

 

それでも学びたい日常の応急手当

 ここまでの説明で、なぜAEDが重視されているのかはご理解いただけたかと思います。しかし、「それでも、骨折や捻挫、やけど、熱中症、脳震盪といった日常で起こりうる怪我や病気への応急手当も学びたい!」という意見や要望も多いはずです。

 確かに、2004年以前の応急処置講習は、心肺蘇生法に加え、止血法、包帯法、骨折時の固定、熱傷(やけど)の手当など、より広範な「外傷への対応」に重点が置かれていました。これらは今でも非常に有効で、私たちの日常生活で遭遇する可能性も高い、重要なスキルです。

 では、現在の講習が「AED偏重」に見えるのは、他の応急手当の重要性が下がったからなのでしょうか?いいえ、決してそうではありません。実は、現在の応急処置講習は、それぞれの主催団体が持つ「目的」や「対象者」に応じて、異なるコースやレベルを提供しているのです。

 

主要な講習主催団体とコース

 それでは、AEDをしっかり学びつつ、さらに日常で役立つ幅広い応急手当を学びたい場合、どのような団体やコースがあるのかをご紹介しましょう。日本の主要な講習主催団体は、大きく分けて「消防庁(各市町村の消防本部)」「日本赤十字社」の二つです。

1. 消防庁(各市町村の消防本部)の救命講習

 消防庁が主催する救命講習は、地域住民の「初期対応能力の向上」に主眼を置いています。救急隊が到着するまでの「空白の時間」に、一般市民がどれだけ適切な処置ができるかが重要だと考えているため、心停止時の救命に直結するAEDと心肺蘇生法を最優先しています。

  • 普通救命講習: AEDと心肺蘇生法が中心のコースです。これが多くの人が受講する基本的なコースなので、「AEDばっかり」と感じるのも無理はありません。
  • 上級救命講習: 上記の普通救命講習の内容に加え、外傷の手当(止血法、骨折・捻挫の手当、包帯法など)、傷病者の管理法、搬送法、そして熱中症や小児・乳児への対応などが含まれます。一般的に8時間程度の講習時間で、より実践的なスキルを習得できます。

 

2. 日本赤十字社の救急法講習

 日本赤十字社は、「人道」の精神に基づき、救命法だけでなく、幅広い知識と技術の普及を目指しています。災害時の救護活動なども視野に入れているため、より包括的な応急処置のスキルを学べます。

  • 救急法基礎講習: こちらもAEDと心肺蘇生法が中心ですが、手当の基本や傷病者の観察など、応急手当の基礎も含まれています。
  • 救急員養成講習: 赤十字の主要なコースです。
    • 急病の手当: 熱中症、低血糖、脳卒中など。
    • けがの手当: 止血、包帯、骨折・脱臼・捻挫などの固定、熱傷(やけど)。
    • 搬送法: 傷病者を安全に移動させる方法。
    • 災害時の心得なども含まれます。

 救急員養成講習は救急法基礎講習を修了していることが受講資格となるため、段階的に学習を進めることになります。赤十字の講習は、座学だけでなく、様々な状況を想定した実技訓練が豊富で、より実践的な応用力を身につけたい方におすすめです。

 

3. その他の団体・専門機関

 特定の状況に特化した講習を提供している団体もあります。

  • スポーツ関連団体(日本スポーツ協会など): スポーツ指導者向けに、スポーツ活動中に起こりやすい外傷(打撲、捻挫、脳震盪など)や熱中症への対応について専門的に学べる講習を提供しています。
  • 民間救命講習会社・NPO法人: 企業研修や団体向けに、カスタマイズされた応急手当講習を実施しているところもあります。特定の怪我や病気への対応に特化した内容を組むことも可能です。

 

まとめ

 現代の応急処置講習がAEDの使用方法に重点を置いているのは、心臓突然死から命を救うという、最も緊急性が高く、効果の大きい課題に対応するためです。これは「偏重」ではなく、救命率向上のための合理的な選択と進化であると言えるでしょう。

 しかし、それ以外の日常的な怪我や急病への応急手当の重要性が下がったわけではありません。むしろ、それらを学びたいというニーズに応えるために、消防庁の上級救命講習や、日本赤十字社の救急員養成講習といった、より包括的なコースが用意されています。

 もし、「AEDだけでは物足りない」「もっと色々なケースに対応できるようになりたい」と感じているなら、ぜひこれらの上位コースの受講を検討してみてください。

 いざという時、目の前の大切な人の命を救えるのは、あなたかもしれません。正しい知識とスキルを身につけ、自信を持って行動できる人が増えることで、私たちの社会はもっと安全で安心な場所になるはずです。