AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

戦術と戦略の違い

 日々の生活や仕事の中で、「戦略」と「戦術」という言葉をtきおり耳にすることはないでしょうか。なんとなく使っているけど、この二つの言葉の正確な意味の違いを理解している方は意外と少ないかもしれません。

 「戦略」と「戦術」は、一見似た言葉ではありますが、その意味するところ、目的、そして時間軸が大きく異なります。この違いを理解することは、国家の安全保障から企業の経営、さらには私たち個人の人生設計に至るまで、あらゆる分野で目標を達成し、成功を収めるための鍵となります。

 今回は、軍事戦略研究の第一人者である奥山真司氏が提唱する「戦略の階層」7段階をベースに、さらにクラウゼヴィッツリデル・ハート、そして古代中国の孫子といった、歴史に名を刻む思想家たちの視点も交えながら、「戦略」と「戦術」の奥深い世界を徹底的に掘り下げていきます。

 

奥山真司氏が示す「戦略の階層」7段階とは?

 奥山真司氏の「戦略の階層」は、非常に実践的で分かりやすいフレームワークです。これは、最高位の国家レベルから、個人の行動レベルまでを7つの段階に分けて整理し、それぞれのレベルがどのように連動し、影響し合っているかを示しています。

  1. 国家戦略 (Grand Strategy / National Strategy):国家全体の目標と、それを達成するための全資源の統合的な活用方法。

  2. 大戦略 (Grand Strategy):国家安全保障目標のために、軍事だけでなく外交、経済、情報などあらゆる手段を統合して用いる戦略。

  3. 軍事戦略 (Military Strategy):国家目標達成のために、軍事力をどのように運用するかという戦略。

  4. 作戦術 (Operational Art / Operational Level of War):複数の戦術行動を統合し、戦略目標達成のための一連の作戦計画。

  5. 戦術 (Tactics):特定の戦闘や交戦において、具体的な部隊や兵器の運用方法、行動様式。

  6. 技術 (Technique):個々の兵士や兵器が持つ具体的な技能や性能。

  7. 個人 (Individual):個人の能力や資質。

 この階層において、上位の階層が下位の階層の方向性を定め、下位の階層が上位の階層の目的を達成するための手段となります。そして、特に重要なのは、上位の「国家戦略」「大戦略」「軍事戦略」が広義の「戦略(政略)」にあたり、「作戦術」「戦術」が狭義の「戦術」にあたる、という明確な区別です。

 

決定的な違い:戦術は「いかに」、戦略は「なぜ・何を」

では、この二つの言葉の核となる違いは何でしょうか?一言で言えば、

  • 戦術:「いかに」(How)行動するか? 特定の状況下での具体的な手段、方法。

  • 戦略:「なぜ」(Why)行動するのか? 「何を」(What)達成したいのか? 全体的な目標と、そのための大きな方向性。

という点に集約されます。

 

戦術 (Tactics) の本質

 戦術は、目の前の具体的な課題や目標を達成するための、局所的かつ短期的な行動を指します。

 例えば、バスケットボールの試合で「ピック&ロール」という特定のオフェンスプレーを実行したり、企業で「今月の売上目標を達成するために、A製品の割引キャンペーンを実施する」といった具体的な施策を打ったりする行動が戦術にあたります。

 戦術は、「効率性」と「実行力」が問われる領域です。いかに目の前の状況を有利に進めるか、いかに迅速かつ正確にタスクを遂行するかが重要になります。

 

戦略 (Strategy) / 政略 (Statecraft/Politics) の本質

 一方で戦略、特に奥山氏の階層でいう上位の戦略や「政略」は、より広範で長期的な視点に立ち、何を目指すのか、そのためにどのような資源をどのように配分し、どの道筋を選ぶのかを決定します。

 これは、単に「勝つ」ことだけでなく、「なぜ勝つのか」「その勝利が最終的に何をもたらすのか」といった、より深い意味合いを問い直すものです。例えば、ある企業が「持続可能な社会の実現に貢献する」というビジョンを掲げ、そのために「環境に配慮した新素材の開発に投資する」という大きな方向性を決めるのは戦略です。

 戦略は、「方向性」と「目的」が問われる領域です。未来を見据え、不確実性の中で最適な道筋を見出す「アート」のような側面も持ち合わせています。

 

 

歴史的視点から見る「戦略」と「戦術」

 奥山氏の現代的な階層に加えて、偉大な戦略家たちの言葉からもこの違いを深掘りしてみましょう。

 

カール・フォン・クラウゼヴィッツ:「戦争は政治の延長である」

プロイセンの軍事学者であるクラウゼヴィッツは、その主著『戦争論』の中で、「戦略は、政治的目的を達成するために、個々の戦闘を統制すること」と定義しました。彼にとって、戦争は単なる武力衝突ではなく、政治的目的を達成するための手段です。

  • 戦略:政治目的と密接に結びつき、戦争全体の方向性や、どの戦闘を行うかを決定する。

  • 戦術:個々の戦闘における兵力の運用方法。

 クラウゼヴィッツは、戦略が戦術を支配するという明確な階層関係を強調しました。「戦略の失敗を戦術で補うことはできない」という言葉は、戦略の重要性を端的に示しています。

 

B.H. リデル・ハート:「間接アプローチ戦略」

 イギリスの軍事思想家リデル・ハートは、クラウゼヴィッツとは異なり、犠牲を最小限に抑える「間接アプローチ戦略」を提唱しました。

  • 戦略:政治目的達成のために、軍事手段をいかに巧妙に、そして間接的に用いるか。敵の物理的な破壊よりも、心理的な圧迫や士気の低下を狙う。

  • 戦術:具体的な戦闘における部隊の運用方法。

 リデル・ハートもまた、戦略が戦術に優位するという考えを持ちながら、直接的な戦闘による戦術的勝利よりも、戦略的な優位性(敵の意欲を挫くこと)を重視しました。

 

孫武(孫子):「戦わずして勝つ」

 古代中国の兵法書『孫子』の著者とされる孫武は、「百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」と説きました。

  • 戦略:情報収集、外交、謀略、敵の心理的動揺を誘うなど、非軍事的な手段を最大限に活用し、「戦わずして勝つ」ことを究極の目標とする。

  • 戦術:具体的な戦闘における兵力の運用方法(例:奇襲や陽動)。

 孫子の思想では、戦略が圧倒的に戦術に優位します。戦術的な勝利だけでは不十分であり、それが戦略的目的と結びついていなければ意味がないという考えは、現代のビジネス戦略にも通じるものがあります。

 

 

人生・ビジネス・スポーツにおける「戦略」と「戦術」

ここまでの概念を、より身近な例で具体的に見ていきましょう。

 

プロバスケットボールチームの運営

戦略

  1. クラブ理念・ビジョン(政略)

    • 例:「地域密着型クラブとして、地域の子どもたちに夢を与え、バスケットボールの普及に貢献する。」

    • 「世界レベルの選手を育成し、常にリーグ優勝を狙う強豪チームとしての地位を確立する。」

    • 誰が決定? クラブ経営陣、オーナー、GM。

    • 時間軸? 長期的、永続的。

  2. チーム編成戦略(大戦略)

    • 例:「外国籍選手は特定のポジションに限定し、日本人選手の成長を促す。」

    • 「経験豊富なベテランと若手有望株をバランスよく配置する。」

    • 誰が決定? GM、ヘッドコーチ、スカウト部門。

    • 時間軸? 中長期的(数年単位)。

  3. シーズン戦略(軍事戦略)

    • 例:「レギュラーシーズンは若手を積極的に起用し、プレーオフに向けて経験を積ませる。」

    • 「特定のライバルチームに対しては、常にエースを疲弊させるようなディフェンスプランを組む。」

    • 誰が決定? ヘッドコーチ、GM。

    • 時間軸? 中期的(1シーズン単位)。

戦術

  1. 作戦術

    • 例:「今日の相手はインサイドが強いので、ゾーンディフェンスを多用し、アウトサイドシュートを打たせる。」

    • 「速攻からの得点を増やし、相手のディフェンスが整う前に攻撃を仕掛ける。」

    • 誰が決定? ヘッドコーチ、アシスタントコーチ。

    • 時間軸? 試合単位。

  2. 戦術(個別のプレー)

    • 例:「ピック&ロールからのダイブ(ロール)を多用する。」

    • 「2-3ゾーンディフェンスを敷く。」

    • 誰が決定? ヘッドコーチ(指示)、選手(コート上での判断)。

    • 時間軸? 試合中の数秒〜数分、特定のポゼッションごと。

 

上場企業の会社経営

戦略

  1. 企業理念・ビジョン・パーパス(政略)

    • 例:「世界中の人々の生活を豊かにするイノベーションを創造する。」

    • 「持続可能な社会の実現に貢献する事業を展開する。」

    • 誰が決定? 取締役会、経営トップ。

    • 時間軸? 永続的、非常に長期的。

  2. 全社戦略 / コーポレート戦略(大戦略)

    • 例:「既存の〇〇事業をコアとしつつ、成長が見込まれる△△市場に新規参入する。」

    • 「国内市場でのシェア拡大を図りつつ、海外展開を本格化する。」

    • 誰が決定? 取締役会、経営トップ、事業戦略部門。

    • 時間軸? 長期的(5年~20年程度)。

  3. 事業戦略 / ビジネスユニット戦略(軍事戦略)

    • 例:「低コスト生産体制を確立し、コストリーダーシップを追求する。」

    • 「高付加価値製品・サービスを提供し、ブランドイメージを高めることで差別化を図る。」

    • 誰が決定? 各事業部長、事業戦略担当役員、経営トップ。

    • 時間軸? 中長期的(3年~5年程度)。

戦術

  1. 機能戦略 / 作戦術

    • 例:研究開発:「市場投入までの期間を短縮するため、アジャイル開発手法を導入する。」

    • マーケティング:「SNSを活用したデジタルマーケティングを強化し、若年層の顧客獲得を目指す。」

    • 誰が決定? 各部門長、部長。

    • 時間軸? 中期〜短期(1年~3年程度)。

  2. 施策・計画 / 戦術(個別の実行)

    • 例:営業:「今期の売上目標達成のため、特定顧客への訪問回数を週3回に増やす。」

    • マーケティング:「新製品の発売キャンペーンとして、テレビCMとWeb広告を連動させる。」

    • 誰が決定? 課長、プロジェクトリーダー、現場担当者。

    • 時間軸? 短期(数週間~数ヶ月)。

 

人生の設計(新社会人の場合)

戦略

  1. 人生のパーパス・ビジョン(政略)

    • 例:「人々に感動を与えるクリエイターとして、世界に通用する作品を生み出し続ける。」

    • 「経済的自立を達成し、自由に生きるライフスタイルを確立する。」

    • 誰が決定? 自分自身。

    • 時間軸? 生涯にわたる、非常に長期的。

  2. キャリア戦略・ライフプラン戦略(大戦略)

    • 例:「30歳までに専門スキルを確立し、40歳で独立・起業を目指す。」

    • 「海外での勤務経験を積み、グローバルなキャリアを築く。」

    • 誰が決定? 自分自身。

    • 時間軸? 中長期(10年〜30年程度)。

  3. 中期目標戦略(軍事戦略)

    • 例:「入社5年後には、〇〇分野の専門家としてチームをリードする存在になる。」

    • 「TOEIC 900点、簿記1級の資格を取得し、キャリアの選択肢を広げる。」

    • 誰が決定? 自分自身。

    • 時間軸? 中期(3年〜5年程度)。

戦術

  1. 年間・短期目標設定と計画(作戦術)

    • 例:「今年中にTOEICのスコアを100点上げるため、毎日〇時間の学習時間を確保する。」

    • 「資格試験合格に向けて、毎週〇コマのオンライン講座を受講する。」

    • 誰が決定? 自分自身。

    • 時間軸? 短期(数ヶ月〜1年程度)。

  2. 日々の行動・選択(戦術)

    • 例:「今日の仕事は、まず重要度の高いA案件から着手する。」

    • 「残業せずに定時で帰宅し、英語学習の時間に充てる。」

    • 誰が決定? 自分自身。

    • 時間軸? 日常的、短期的(数分〜数時間)。

 

まとめ:成功の鍵は「戦略と戦術の連携」

 「戦略」と「戦術」は、単なる言葉の使い分けではなく、思考のレイヤー(階層)を示しています。

  • 戦略は、私たちを目標達成へと導く羅針盤であり、大局的な地図です。「なぜ、どこへ向かうのか?」を明確にします。

  • 戦術は、その羅針盤と地図に基づき、具体的な道筋を歩むための足取りであり、日々の行動です。「どのように、その一歩を踏み出すのか?」を具体化します。

 どんなに優れた戦術も、それが間違った戦略に基づいていれば、最終的には意味をなしません。逆に、素晴らしい戦略があっても、それを実行するための具体的な戦術が伴わなければ、単なる絵空事に終わってしまいます。

 成功への道は、「正しい戦略を描き、それを着実に実行する適切な戦術を展開する」という、この二つの思考が密接に連携し、常に調整されることで開かれます。

 

 今日から皆さんも、日々の行動や選択が、どのような「戦略」に基づいているのか、そしてそれが自分の描く「ビジョン」に繋がっているのかを意識してみてください。きっと、あなたの人生、仕事、そして活動の全てにおいて、新たな発見と成長の機会が生まれるはずです。