今回は、昔日に一部で言われていた俚諺を元に、現代の組織運営や人材育成について考え直してみたいと思います。耳にしたことがある方もいるかもしれませんが、第一次世界大戦の頃に軍事評価として語られたという、あの有名な言葉です。
「歩兵は日本、下士官はイギリス、参謀はドイツ」とは?
この言葉は、各国軍隊の「得意分野」を端的に表したものとして、日本の軍事研究・歴史の世界でときおり引用されていました。 この言葉の出典は、ドイツの軍事学者であるオスカー・リッター・フォン・ニーダーマイヤーが1939年に著した『Wehrpolitik』(国防政策)の中の「Wehr und. Wissenschaft」(国防と科学/学術)という章にあるとされています。ニーダーマイヤーは、ベルリン大学で国防政策を研究していた人物で、各国の軍隊の特徴を鋭く分析していたそうです。
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「歩兵は日本」:日本の兵士は、厳しい規律、高い士気、そして何よりも忍耐力と勇敢さにおいて抜きん出ていた、という評価です。与えられた任務を忠実に、粘り強く遂行する能力に長けていたと言えるでしょう。
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「下士官はイギリス」:イギリス軍の下士官(現場のリーダー)は、広大な植民地での実戦経験を通じて培われた、現場での臨機応変な判断力、部下をまとめ上げる統率力に優れていた、と評されます。
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「参謀はドイツ」:ドイツ軍の参謀本部は、その論理的思考力、緻密な戦略立案能力、そして計画から実行までを管理する卓越した組織力において、世界最高峰とされていました。
なぜ、このような評価が生まれたのか?
ニーダーマイヤーが具体的にどのような根拠でこの言葉を述べたのか、その詳細な記述を直接見つけるのは難しいのですが、当時の各国の軍事文化、訓練、そして実戦での振る舞いを反映していると考えられます。
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日本の「歩兵」の強みは、明治維新以降の国家教育や武士道精神の影響を受けた高い忠誠心、精神力、そして集団としての規律性にあったでしょう。日清・日露戦争での日本軍の活躍は、こうした現場の兵士の力に支えられていた側面が大きいです。
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イギリスの「下士官」の強みは、広大な植民地での小規模な紛争や治安維持活動を通じて、現場で多様な状況に対応し、多様な人種・文化の兵士をまとめ上げる実践的なリーダーシップが培われた結果と見られます。
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ドイツの「参謀」の強みは、19世紀半ばから発達した科学的・体系的な軍事研究と教育システムにありました。彼らは戦争を論理的に分析し、効率的かつ合理的に勝利を目指す思考プロセスを徹底していました。
それぞれの国が持つ歴史、文化、そして軍事組織の形成過程が、この「得意分野」を生み出したと言えるでしょう。
「平社員は日本、中間管理職はイギリス、重役はドイツ」は現代社会にも当てはまる?
さて、この軍事的な評価を現代の企業組織に当てはめてみたらどうでしょう? 私は個人的に、とても興味深い示唆があると感じています。
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「平社員は日本」: 多くの日本企業では、現場の社員が非常に優秀です。指示されたことを忠実に、かつ高い品質で実行する「現場力」、チームとして協力する「協調性」、そして地道な改善を続ける「カイゼン文化」は、世界に誇れる日本の強みです。まさに「歩兵」が持つ規律性と粘り強さを彷彿とさせます。
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「中間管理職はイギリス」: 現場の社員をまとめ、日々の業務を円滑に進める実務的なリーダーシップや、予期せぬ問題に対する臨機応変な対応力は、日本企業の中間管理職にとって重要な課題となることがあります。一方で、権限を委譲されれば、その範囲で最大限の力を発揮する欧米の中間管理職のスタイルは、イギリスの下士官像に通じるものがあるかもしれません。
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「重役はドイツ」: 企業のトップや幹部に求められるのは、論理に基づいた戦略立案、全体を俯瞰する視点、そして長期的な視点での意思決定です。ドイツの重役に見られるような、徹底した分析と合理性に基づく経営判断は、まさにドイツ参謀本部の姿と重なります。
もちろん、これはあくまで一般的な傾向を述べたものであり、個々の企業や個人に当てはまるわけではありません。しかし、日本企業がグローバル競争で勝ち抜くために、どこを強化すべきか考える上で、示唆に富んだフレームワークではないでしょう。
日本人が「下士官」や「参謀」として活躍するために
では、日本の組織が、平社員の強みを活かしつつ、「中間管理職(下士官)」や「重役(参謀)」として活躍できる人材を育成するには、どのような視点で取り組めば良いのでしょうか?
1. 中間管理職(「下士官」)育成のための視点:現場の「自律性」と「問題解決力」を育む
日本の平社員の強みである「真面目さ」「勤勉さ」「チームワーク」を土台にしつつ、現場で主体的に判断し、部下を動かす力を養うことが重要です。
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徹底した「権限委譲」と「任せる文化」の醸成:若手のうちから、ある程度の責任を伴う仕事を任せ、成功体験と失敗からの学びの機会を増やしましょう。上位職への過度な「お伺い」文化を見直し、現場での判断を促すことが大切です。
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実践的な「リーダーシップ研修」の強化:部下に具体的な指示を出すだけでなく、自ら考えさせ、動機付けを行うコーチング型のリーダーシップを教育します。多様な部下の特性を理解し、それぞれに合った指導法やモチベーションの引き出し方を学ぶ研修を強化しましょう。
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「失敗を恐れない」文化の醸成:適切なリスクを取った上での失敗は、学びの機会として捉える企業風土が必要です。現場で発生する課題に対し、自ら解決策を立案・実行する経験を積ませることで、実践的な問題解決能力が身につきます。
2. 重役(「参謀」)育成のための視点:全体を見通す「戦略眼」と「論理的思考力」を磨く
組織全体を俯瞰し、論理に基づいた戦略を立案・実行できる人材を育てるには、より長期的で広範な視点と知識が必要です。
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戦略的思考力と大局観の養成:若手のうちから多様な部署や事業、海外拠点などを経験させ、多角的な視点と全体像を把握する力を養います。経営シミュレーションやケーススタディを通じて、経営判断のロジックと影響を学ぶことも有効です。
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「データドリブンな意思決定」の徹底:勘や経験だけでなく、データに基づいて仮説を立て、検証し、結論を導き出す訓練を重ねることが重要です。異なる意見を持つ者同士が、論理的に自分の主張を展開し、相手を説得する機会を多く設けることで、論理的思考力と意思決定能力が鍛えられます。
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グローバルな視点と多様性の受容:海外研修や国際的なプロジェクトへの参画を通じて、異文化理解を深め、多様な価値観を持つ人々と協働する経験を積ませましょう。性別、国籍、経歴などにとらわれず、多様なバックグラウンドを持つ人材を上位職に登用することも、組織に新たな視点をもたらします。
まとめ
「歩兵は日本、下士官はイギリス、参謀はドイツ」という言葉は、それぞれの国が持つ歴史や文化、教育システムが、組織内の特定の役割で力を発揮しやすい人材を育成してきたという側面を示唆しているようです。少なくとも日本人にとっては、認めざるを得ない実態、あるいは一面であるということだったのでしょう。
日本企業は、世界に誇る「現場力」や「チームワーク」という強みを持っています。これらを最大限に活かしつつ、中間管理職や重役が、「自律的な判断力」「実践的なリーダーシップ」「全体を俯瞰する戦略的思考力」を身につけていくことで、さらに強くしなやかな組織へと進化できるはずです。