「リーダーシップ」(Leadership)という言葉は、私たちにとって非常に馴染み深いものです。組織を率いる人、皆を引っ張っていく人の資質や能力を指すものとして、長らくその重要性が語られてきました。しかし、どれほど優れたリーダーが素晴らしい笛を吹いたとしても、現場が踊り出さなければ、組織は一歩も進みません。日本のことわざ「笛吹けど踊らず」が示すように、リーダーシップだけでは組織は機能しないのです。
近年、この「笛吹けど踊らず」の状態を打破し、チームワークの真の力を引き出す新たな概念として、「フォロワーシップ」(Followership)が注目を集めています。今回は、このフォロワーシップとは何か、なぜ注目されているのか、そしてその健全な発揮が組織にどのような変革をもたらすのかを、深掘りして解説していきましょう。
なお、”Leadership”はわたしの手元の英和辞書に収載されているのに対して、”Followership” は収載されていません。後者はまだ人口に膾炙されていない用語であることはお含み置きください。
フォロワーシップとは何か?「従順」を超えた主体性
フォロワーシップと聞くと、「リーダーに従うこと」と単純に捉えてしまう人もいるかもしれません。しかし、それは大きな誤解です。フォロワーシップとは、リーダーを補完し、チームの目標達成に主体的に貢献するための、フォロワー(部下やメンバー)の行動や能力を指します。
もっと具体的に言うと、フォロワーシップには以下の要素が含まれます。
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主体性・積極性: 指示を待つだけでなく、自ら課題を見つけて提案したり、積極的に意見を発信したりする姿勢です。
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批判的思考力: リーダーの意見を鵜呑みにせず、建設的な視点から問題点や改善点を指摘する能力です。これは単なる批判ではなく、より良い結果を導くための提言を意味します。
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協調性・貢献意欲: チーム全体の目標達成のために、他のメンバーと協力し、自身の役割を果たす意欲です。
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自己管理能力: 自身の業務を計画的に進め、責任を持って完遂する能力です。
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勇気と誠実さ: チームにとって不都合な真実であっても、率直に伝える勇気や、倫理観に基づいた行動をとる誠実さです。
注目すべきは、これらの要素が、サブリーダーやベテラン社員に限らず、組織内のあらゆるメンバーに求められるということです。新人であっても、疑問を呈したり、小さな改善提案をしたりすることは立派なフォロワーシップの発揮です。フォロワーシップは、単なる役割ではなく、組織で働く誰もが持つべき能力であり、心構えなのです。
なぜ今、フォロワーシップが求められるのか?
かつては、カリスマ的なリーダーがトップダウンで組織を動かすことが主流でした。しかし、現代社会の複雑化と変化のスピードは、そのモデルに限界をもたらしています。フォロワーシップが議論されるようになった背景には、いくつかの「不都合な真実」と時代の大きな変化があります。
1. 複雑化・多様化する市場環境とビジネス課題
インターネットの普及による情報量の爆発的な増加、そしてビジネス環境の目まぐるしい変化は、リーダー一人で全ての情報を処理し、最適な意思決定を下すことを困難にしました。イノベーションが強く求められる現代において、画一的なトップダウンだけでは現場の多様な知見や創造性が活かされず、新しいアイデアが生まれにくくなります。
また、グローバル化の進展や、組織内の多様な人材(国籍、文化、価値観、働き方など)の増加も、画一的なリーダーシップモデルでは対応しきれない要因となっています。フォロワー一人ひとりの主体性を尊重し、異なる意見を活かすことの重要性が認識されるようになったのです。
2. 従来のリーダーシップモデルの限界と問題点
リーダーがすべての責任を負い、意思決定を行うという従来のリーダーシップは、リーダーに過度な負担と疲弊をもたらしました。リーダーが孤立し、バーンアウトしてしまうケースも少なくありません。
また、リーダーがすべてを決める「指示待ち文化」が根付くと、組織全体のアジリティ(俊敏性)が低下します。変化の激しい時代において、これは組織の競争力低下に直結します。さらに、どんなに優れたリーダーであっても人間である以上、見落としや誤った判断をすることもあります。フォロワーが建設的な批判や提言を行えない環境では、リーダーの独善が進み、大きなリスクを抱えることになります。一部のハラスメント問題も、この一方的なリーダーシップスタイルと関係があると指摘されています。
3. 具体的な「不祥事」からの教訓
特定の「フォロワーシップ欠如による直接的な大事故」が社会現象として報道されることは稀ですが、間接的にその重要性が認識されるきっかけとなった事例は存在します。
組織ぐるみの企業の不祥事や不正が発生する際に、現場の社員が「おかしい」と感じながらも声を上げられなかったり、疑問を持たずに上層部の指示に従ったりするケースがしばしば見受けられます。これは、フォロワーがリーダーや組織に対して健全な批判や提言を行えない、あるいは行っても聞き入れられない企業風土があったことを示唆しています。
これらの問題意識や、具体的な事例を通じて、「リーダーシップの強化」だけでは不十分であり、組織全体でフォロワーシップという「支える力」「自律的に貢献する力」を育むことが、現代の組織運営にとって不可欠であるという認識が広まっていったのです。
フォロワーシップがもたらす変革
フォロワーシップは、単なる概念に留まらず、実際に組織に具体的な成果をもたらしています。
例えば、ある日本の製造業のA社工場では、工場長がフォロワーシップに着目し、全員参加型の小集団改善活動を推進しました。リーダーではない一般社員が主体的に課題を出し、解決策を検討する場を設け、工場長自らが「失敗してもいい」と背中を押しました。その結果、提案件数が飛躍的に増加し、不良率の低減や生産リードタイムの短縮といった具体的な成果に繋がり、社員の主体性や当事者意識が大きく向上しました。
また、IT企業では、フォロワーシップを育む社内研修や、フォロワーの貢献を評価する仕組みを導入した結果、プロジェクト進行の効率が向上し、期限内の達成率がアップ。社員のエンゲージメントスコアも改善し、離職率の低下にもつながった事例もあります。
海外では、NASAのような命に関わるミッションを遂行する組織で、フォロワー一人ひとりの高い専門性と主体性、異常を察知した際の適切な提言能力が極めて重要視されています。宇宙船の故障や異常事態において、リーダーの指示を待つだけでなく、状況を正確に判断し、的確な情報を伝え、時には異なる視点から解決策を提案するフォロワーシップが、ミッションの成功に不可欠なのです。
これらの事例から見えてくるのは、フォロワーシップの導入・強化が、単に組織の雰囲気を良くするだけでなく、以下の具体的な成果につながっているということです。
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生産性向上と効率化: メンバーが主体的に動き、業務改善提案を行うことで、無駄が削減され、作業効率が向上します。
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イノベーションの創出: 現場の多様な視点やアイデアが吸い上げられ、新しい製品やサービスの開発、業務プロセスの改善につながります。
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意思決定の質の向上: フォロワーからの建設的な意見や情報提供により、リーダーはより多角的な視点から意思決定を行えるようになります。
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従業員エンゲージメントの向上: 自分の意見が尊重され、貢献が認められることで、従業員のモチベーションや組織への愛着が高まります。
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組織のレジリエンス(回復力)強化: 変化や危機に直面した際に、リーダーだけでなく組織全体で対応する力が養われます。
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次世代リーダーの育成: 若い段階から主体的に組織に関わる経験を積むことで、将来のリーダー候補が育ちます。
健全なフォロワーシップのために
しかし、フォロワーシップも万能ではありません。一歩間違えれば、組織にとって有害になる可能性も秘めています。
「フォロワーシップ」が過熱しすぎると…
フォロワーシップが「自分の意見を主張すること」と誤解され、過度な異論や批判が頻発すると、リーダーの権威を損ない、意思決定が遅延します。全ての意見を取り入れようとするあまり、リーダーが責任や決定を下すことを放棄してしまい、チーム内の混乱や分断を招くこともあります。結果として、無駄な議論が増え、非効率な組織運営に陥るリスクがあるのです。
「リーダーシップ」や組織運営が不十分だと…
逆に、リーダーシップや組織運営に問題がある場合、フォロワーシップはそもそも発揮されません。
リーダーが意見を聞き入れなかったり、発言に対して厳しく叱責したりする環境では、フォロワーは心理的に萎縮し、どんなに良いアイデアがあっても口にできません。また、リーダーが明確なビジョンや方向性を示せないと、フォロワーはどこに向かって努力すれば良いのか分からず、当事者意識を失います。過度なマイクロマネジメントや、貢献が正当に評価されない不適切な評価制度も、フォロワーの主体性を阻害する大きな要因となります。
フォロワーシップとリーダーシップの「健全な均衡」
結局のところ、フォロワーシップとリーダーシップは、相互に補完し合う関係にあります。どちらか一方が過剰になったり、欠落したりすれば、組織運営はうまくいきません。
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優れたリーダーシップは、フォロワーが安心して主体的に行動できる心理的安全な環境を整え、明確なビジョンを示し、適切な権限を与え、サポートすることで、フォロワーシップが健全に発揮される土台を作ります。
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優れたフォロワーシップは、リーダーのビジョン実現に向けて主体的に貢献し、建設的な意見を提供し、リーダーの弱みを補完することで、リーダーシップの効果を最大化し、組織全体のパフォーマンス向上に繋がります。
現代の組織運営においては、リーダーシップを強化するだけでなく、フォロワーシップを育むことが不可欠です。「笛吹けど踊らず」の状態を「笛吹けば皆が楽しく踊り出す」状態に変えるためには、リーダーとフォロワーが互いを理解し、協力し合う「健全な均衡」と、それぞれの役割における主体的な貢献が求められるのです。
あなたの組織では、リーダーはどんな笛を吹いていますか?そして、その笛の音に合わせて、あなたはどのように踊っていますか?フォロワーシップという視点から、ぜひ一度、チームの関係性を見つめ直してみてはいかがでしょうか。
余談
ところで、日本には万年筆の三大メーカーには「セーラー」、「パイロット」、「プラチナ」があるのはご存じのことと思います。このうち、セーラー万年筆は1911年の創業で、その社名の由来は多くの優秀な水兵(セーラー、ここではフォロワー)がいてこそ船の運航がうまくゆくという点にあるのに対して、パイロットコーポレーションは1918年の創業で、その社名の由来は優秀な水先案内人(パイロット、ここではリーダー)がいてこそ船の運航が先導してうまくゆくという点にあるという考えに基づいているのだそうです。
リーダーシップありきなのか、フォロワーシップありきなのかは永遠の課題なのかもしれません。