ある日突然、ラジオが聞こえなくなる?
「いつものようにダイヤルを合わせても、雑音しか聞こえない……」 そんな日が、すぐそこまで来ています。現在、日本の放送業界では「AMラジオ放送の廃止・ワイドFMへの転換」という、戦後最大の転換期を迎えています。
「テレビの地上デジタル放送化(地デジ化)」を経験している方も多いことと思います。あの時のドタバタを覚えているでしょうか。2011年、アナログテレビが映らなくなり、日本中が対応に追われました。今、ラジオの世界で起きていることは、まさに「ラジオ版・地デジ化」とも言える大きな出来事です。
しかし、今回の動きは地デジ化の時ほど派手ではありません。それゆえに、「気づかないうちに大切な情報源を失っていた」という事態になりかねない危うさを孕んでいます。この記事では、かつての地デジ化との比較を交えながら、なぜ今AMラジオが消えようとしているのか、そして私たちがどのように備えるべきかを詳しく解説していきます。
1.「地デジ化」の正体
まず、比較対象として「テレビの地デジ化」を振り返ってみましょう。
2003年から始まり、2011年に完了した地デジ化には、明確な「国としての目的」がありました。それは「電波という限られた資源の有効活用」です。
当時の背景には、急速に普及する携帯電話やモバイル通信がありました。アナログ放送は電波を贅沢に使うため、これを効率的なデジタル放送に切り替えることで、空いた周波数帯(プラチナバンドなど)を通信分野へ転用しようとしたのです。
地デジ化の施策と評価
国は数兆円規模の予算を投じ、強硬とも言える対策を講じました。
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徹底した周知: 画面隅の「アナログ」ロゴ表示や、青色のカウントダウン画面。
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手厚い補助: 低所得世帯へのチューナー配布や、アンテナ改修の補助。
結果として、大きな混乱なく移行は完了しましたが、ユーザーには「テレビの買い替え」という経済的負担を強いることになりました。しかし、この痛みがあったからこそ、現在の高速なスマホ文化が支えられているという側面もあります。
2. AMラジオ局の抱えている現況
では、本題のAMラジオ廃局に目を向けてみましょう。なぜ今、多くの民放ラジオ局がAM放送を止めようとしているのでしょうか。そこには、テレビの時とは異なる「メディアの生存戦略」という切実な背景があります。
① 莫大な維持コスト
AM放送を維持するには、広大な敷地と巨大なアンテナ塔が必要です。しかし、多くの設備が設置から50年以上経過し、老朽化が進んでいます。 一つの送信所を建て替えるには、数十億円もの費用がかかることも珍しくありません。ラジオ局の広告収入が全盛期の半分以下に落ち込む中で、AMとFMの両方の設備を維持し続ける「二重投資」は、経営を圧迫する大きな要因となっています。
ちなみに、日本で最初のラジオ放送もAMであり、日付は1925年(大正14年)3月22日だたということですから、昨年(2025年)でちょうど100年だったのですね。
② 都市部での「聞こえにくさ」
鉄筋コンクリートのマンションや、パソコン・LED照明から出るノイズ。現代の住環境は、AMの電波にとって「天敵」だらけです。「家の中ではラジオが聞こえ難い」という弱点を克服するためには、遮蔽物に強いFM波への移行が合理的であるという判断です。
③ 2028年というデッドライン
現在、多くの民間放送局は、2028年までにAM放送を終了し、FM放送へ完全移行(FM転換)することを目指しています。その前段階として、2024年2月から全国各地で「AM放送の休止実証実験」が始まっており、実際に電波を止めてみて、リスナーにどのような影響が出るかを調査しています。
3. 「ワイドFM」
AM放送がなくなる代わりに普及が進んでいるのが「ワイドFM(FM補完放送)」です。 ワイドFMとは、AMラジオの番組を、FMの電波(90.1~94.9MHz)を使って流す仕組みのことです。「音がクリア」「ノイズに強い」「災害時に強い」という3つの大きなメリットがあります。
しかし、ここには落とし穴があります。 それは、「10年以上前に買ったような古いラジオでは聴けない可能性がある」ということです。 従来のFM放送は90.0MHzまでしか対応していませんでした。そのため、数年前までの古いラジオや、海外仕様のラジオでは、ワイドFMの周波数に合わせることができません。地デジ化の時と同様、ここでも「ラジオの買い替え」というハードルが存在しているのです。まぁ、テレビに比べればラジオはかなり少額という点で、ハードルはかなり低くなっているとは思います。
4. 不安と批判の声
この動きに対し、インターネット上では長年のラジオファンから厳しい意見や懸念の声が数多く寄せられています。
防災機能
「ネットは災害時に繋がらなくなる。電池だけで数日聴けるAMラジオこそが、被災地の命綱だったはずだ」という声は非常に切実です。FM波はAMに比べて電波が届く距離が短く、山間部や離島など、これまでAMがカバーしていた地域が「情報の空白地帯」になるのではないかという懸念が拭えません。
経済的な負担増
「AMなら無料で隣の県の放送が聴けたのに、radiko(ラジコ)で聴こうとすると月額料金がかかる。これは実質的な値上げだ」という批判もあります。また、スマホを使いこなせない高齢層にとって、ネットへの移行は「メディアからの切り捨て」に等しいと感じられる場合もあります。
5. まだまだ周知不足では?
筆者が最も危惧しているのは、AM局廃止についての広報・周知の不足です。
地デジ化の時は、誰が見ても「変わるんだな」と分かるほどのPRが行われました。しかし今回のAM停波については、ラジオを日常的に聴いている人以外にはほとんど伝わっていません。防災袋に昔買ったラジオを入れっぱなしの多くの人は、おそらく今日現在も知らないでしょう。
現在行われている「実証実験」という言葉も、一般の人には「一時的なテスト」に見えてしまい、その先に待っている「完全廃止」という重い現実をボヤけさせてしまっています。
放送局は経営難という苦境に立たされていますが、公共の電波を預かる身として、地デジ化の時のような「誰一人取り残さない」ための努力が今、改めて問われています。自治体と連携した広報や、高齢者へのフォローなど、放送局以外のルートでの周知が急務です。
私たちはどう備えるべきか
AMラジオが消えることは、一つの時代の終わりを感じさせ、寂しさを禁じ得ません。しかし、メディアが生き残るためには、形を変えて進化していくこともまた、避けては通れない道です。
私たちが今できることは、まず「自分のラジオがワイドFMに対応しているか」を確認することです。そして、ネット配信(radiko)などの新しい聴き方を並行して活用し、複数の情報ルートを持っておくことが大切です。
形は変わっても、人の声が耳元に届く「ラジオ」というメディアの温かさは変わりません。この大きな転換期を、単なる「廃止」ではなく、より良い放送文化への「改革」となるように。私たちリスナーも、しっかりとこの変化を見つめていく必要があります。