夜道を自動車で走っているときに、「最近の車のライト、殺意を感じるほど眩しくないか?」と感じたことはありませんか。対向車の白い光が網膜に刺さり、一瞬視界を奪われる。後続車のライトがバックミラー越しに目を焼き、ストレスが溜まる……。
一部では「光害」とも称されるこの問題。実は、単なる感覚のせいではなく、ここ10年の間に起きた「行政の方針転換」「車両の大型化」「光源の進化」という3つの大きな変化を背景として複雑に絡み合って起きているものです。
今回は、この「眩しすぎるヘッドライト問題」の問題について調べてみましょう。
1. 「ハイビーム推奨」という方針転換
まず、大きな転換点となったのは2017年の道路交通法改正に関連する動きです。警察庁は「夜間の歩行者事故防止」を旗印に、ハイビーム(走行用前照灯)の使用を原則とする指導を強化しました。
もともと道交法上の定義では、ハイビームこそが「通常の走行時に使うべき灯火」であり、ロービームはあくまで「すれ違い用」という位置づけでした。警察の調査では、夜間の歩行者死亡事故の多くがロービーム走行中に起きており、「ハイビームであれば防げたはず」というデータが示されました。
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ロービーム: 照射距離は約40m。時速60kmで走ると発見から停止までが間に合わない。
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ハイビーム: 照射距離は約100m。遠くの歩行者を早期発見できる。
この「安全第一」の政策判断により、かつての「街中ではロービームがマナー」という空気感から、「基本はハイビーム」という推奨へと社会が従ったのです。しかし、この方針転換が、後述する技術的変化と組み合わさることで、思わぬ「光害」を生むことになりました。
2. 高輝度LEDの普及
時をほぼ同じくして起きたのは、ライトそのものの「質」の変化でした。かつての主流だったハロゲンランプに代わり、現在はLEDヘッドライトが主流となりました。このLEDの特性が、眩しさを増長させているのです。
色温度の相違(白さ)
従来の自動車のヘッドライトに搭載されていたハロゲンランプはフィラメントを熱して光るため、温かみのあるオレンジ色の光(約3,000K〜4,000K)を放ちます。一方、LEDは半導体による発光で、太陽光に近い純白や青白い光(約5,000K〜6,500K)です。 人間の目は青白い光に対して敏感に反応し、強い刺激として捉える性質があります。そのため、物理的な明るさが同じでも、LEDの方が圧倒的に「刺さるような眩しさ」を感じやすいのです。
直進性の強さ
LEDは光の直進性(指向性)が極めて高いのが特徴です。ハロゲンのように(反射板を使って)周囲をぼんやり照らすのではなく、レーザーのように特定の方向へ光を凝縮して飛ばします。この「凝縮された光の束」が対向車のドライバーの目にダイレクトに入ると、一瞬で視界が真っ白になる「グレア現象」を引き起こします。
3. SUV・ミニバンの台頭
ハードウェアの変化も無視できません。近年のSUVやミニバンの普及により、道路上の「光源の位置」が高くなりました。
かつてセダンが主流だった時代は、ライトの位置が低く、対向車の目線を避けて照らすことが容易でした。しかし、背の高いSUVのヘッドライトは、ちょうどセダンや軽自動車に乗っているドライバーの「目線の高さ」に位置しています。 たとえ相手がロービーム(下向き)にしていたとしても、光源そのものが高いため、低い車に乗っている側からは「至近距離でサーチライトを浴びせられている」ような状態になってしまうのです。
4. 新機能「オートマチックハイビーム」
技術の進化が生んだ「無自覚な眩しさ」もあります。それがオートマチックハイビーム(AHB)です。
カメラが対向車を検知して自動で切り替える便利な機能ですが、機械には「苦手な場面」があります。カーブの先から急に現れる車や、坂道の頂上ですれ違う瞬間、システムが判断を下すまでのコンマ数秒の間、相手にハイビームを浴びせてしまいます。 さらに厄介なのは、ドライバーが「オートにしているから大丈夫」と過信し、自分が誰かを眩惑させていることに無自覚になってしまう点です。この心理的な「配慮の欠如」が、路上でのストレスを増大させています。
5. 行政・立法側の対応
こうした「光害」とも言える状況に対し、現在、行政側も対策に乗り出しています。注目すべきは以下の2点です。
オートレベリング機能の全車義務化
2024年9月の法改正により、今後登場するすべての新型車に、照射角度を自動調整する「オートレベリング」の装備が義務付けられます(完全適用は2027年以降)。荷物を積んで車体が後ろに沈み、ライトが上を向いてしまうような問題をも防ぐ、物理的・機械的な解決策です。
ロービーム車検の完全厳格化(2024年〜2026年)
これまで「ハイビームで基準を満たせば合格」だった車検が、ついに「ロービームのみでの検査」へと完全移行します。これにより、光軸がズレたままの車や、配光性能の低い安価なLEDに交換した車は車検を通らなくなります。路上から「粗悪な光」を排除する強力なフィルターとなることが期待されます。
技術とマナー
私たちは今、ライトの技術が進化し、安全基準がアップデートされる「過渡期」にいます。 これまで「安全のためにハイビームを」と推奨した行政も、今では「光害」による事故を警戒し、より精密な制御を推奨するフェーズに入っています。
ドライバーとしてできることは、最新の法規制や技術特性を理解し、自分の車のライトが「誰かの視界を奪っていないか」という想像力を持つことかもしれません。そして眩しい車に遭遇した際は、視線を左下に落として直接光源を見ないようにするなどの自衛策も必要です。
道路は公共の場です。最新技術がもたらす「明るさ」が、誰かの「危険」にならないよう、私たち一人ひとりがライトの使い方を見つめ直す時期に来ているのではないでしょうか。