AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

『孫子』の限界を知っておく

 今回は、ビジネスマンから政治家、軍事マニアまで、時代を超えて愛されている一冊の古典の中の古典——『孫子』について、少し天邪鬼になって見直してみたいと思います。

 「敵を知り己を知れば、百戦して危うからず」。このフレーズを一度は耳にしたことがあるでしょう。紀元前の中国で生まれたこの兵法書は、現在も戦略学の最高峰として君臨しているといっていいかもしれません。しかし、完璧に見えるこの名著にも「弱点」や「限界」がきっとあるはずです。

 そこであえて『孫子』を粗探し気味に読みつつ、その欠けた部分を埋めるための読書法、そして現代における「軍事とビジネスの逆転現象」についても触れてみたいと思います。

 

 まず、私たちが『孫子』を扱う際に注意すべき点から始めましょう。孫子の教えは「負けないこと」に特化した究極のリアリズムです。しかし、その徹底した合理性ゆえに、いくつかの重要な要素が削ぎ落とされています。

 一つ目の限界は、「不戦勝」の理想と現実のギャップです。孫子は「戦わずして勝つのが最善」と説きます。これは資源を消耗させないための知恵であり、かなりの理想論ですが、軍事学的な視点(例えばプロイセンのクラウゼヴィッツ(1780~1831)など)から見れば、「敵の息の根を止めなければ、必ず再起して報復してくる」というリスクを無視しています。妥協による平和は、時に次の大きな戦争への火種を残すことにもなりかねません。

 二つ目は、「道徳や大義」の欠如です。孫子は「兵は詭道(きどう)なり」、つまり戦争は騙し合いだと言い切ります。勝つための手段を選ばないこの姿勢は、短期的な勝利をもたらしますが、現実社会で実行するならば長期的には周囲からの信頼を失わせます。現代のブランド戦略において、顧客を騙して利益を上げることが致命傷になるのと同様、孫子のドライすぎる戦略には「人望」という概念が希薄なのです。

 三つ目は、実務的な「兵站(ロジスティクス)」の不足です。孫子は「敵から食糧を奪え」といった原則は説きますが、具体的にどう運ぶか、負傷者をどうケアするかといった組織運営の細部には触れていません。これらは、現場を預かるリーダーにとっては致命的な情報不足となります。孫子の性格として、一国の王や大臣級の文官、上級軍人に向けた抽象的な理論が多いことから、歴史を越えた普遍性を有すると同時に、やや戦場における実践性の面でやや劣るところがあると感じられるのです。

 

孫子を「補完」する古典

 では、これらの欠点をどう補えばいいのでしょうか。一流の戦略家たちは、孫子一冊に頼ることはしません。複数の古典を組み合わせることで、多角的な視点を作り上げます。

 まず、孫子の「冷徹さ」を補うのが『論語』です。孫子が「どう勝つか」を教えるなら、論語は「人はなぜあなたに付いてくるのか」というリーダーシップの根源である「徳」を教えます。勝負に強く、かつ人望もある。このバランスが取れて初めて、持続可能な成功が手に入ります。

 次に、組織の「規律」を強化するのが『韓非子』です。孫子が戦場での柔軟な運用を説く一方で、韓非子は賞罰(アメとムチ)による徹底したシステム管理を説きます。感情に頼らず、仕組みで組織を動かす視点は、現代のガバナンス(企業統治)に直結します。

 さらに、個人の「勝負勘」を養うなら宮本武蔵の『五輪書』が挙げられるかもしれません。国家間の大きな戦略を説く孫子に対し、宮本武蔵(1584~1645)は一対一の対峙における「拍子(タイミング)」や「心の動揺」といった身体的な次元での勝利を追求しています。プレゼンや交渉といった現場の「立ち居振る舞い」において、これほど実戦的な教科書はありません。

 また、権力の維持という生々しい現実に向き合おうというのであれば、マキャベリ(1469~1527)の『君主論』がその空白を埋めてくれるでしょう。

 

ナポレオンは孫子を読んでいない

 ここで少し、孫子に関連する有名なエピソードに触れておきましょう。 しばしば「天才ナポレオン(1769~1821)が晩年、セントヘレナ島で孫子を読み、もっと早く読んでいればワーテルローで敗れることはなかったと後悔した」という話を聞いた方は多いものと思います。

 しかし、これは残念ながら後世に作られた創作である可能性が極めて高いです。ナポレオンの時代、フランス語訳の孫子はたしかに存在していましたが、極めて希少で、彼がそれを手にしたという確かな記録文書は見つかっていません。

 むしろナポレオンは、圧倒的な火力と機動力で敵を「物理的に粉砕する」決戦主義者でした。虚々実々の心理戦や回避を重視する孫子の思想とは、本質的にスタイルが異なります。この伝説は、孫子の権威をさらに高めるために、後世の著述家たちがドラマチックに脚色したものだと考えてよいでしょう。

 (ひょっとすると、ナポレオンは非正規に入手した孫子を読んで「こうした異なるスタイルも知っておくべきだった」と嘆じたのかもしれませんが.....)

 

軍事とビジネスの相互作用

 さて、最後に軍事戦略論とビジネス経営学との間に関する、現代の潮流のひとつについてお話ししてみたいと思います。 通常、私たちは「軍事理論をビジネスに活かす」という流れをまず第一に想像するはずです。例えば、最新の科学技術などはまず軍事で実用化され、年月とともに民生化されるという流れです。しかし、現代ではその逆、つまり「ビジネス理論を軍事に活かす」という動きも多くなっているようなのです。

 現在の軍事組織、例えばアメリカ国防総省などは、世界最大級の従業員を抱える巨大企業でもあります。そのため、彼らの必読書リストには、驚くほど多くのビジネス書が並んでいます。

 例えば、スタンリー・マクリスタル将軍の『チーム・オブ・チームズ』。これはイラクでの対テロ戦の経験から、官僚的な組織をシリコンバレーのような柔軟なネットワーク型組織へ作り替える手法を説いた本ですが、今や経営者と軍人の双方が教科書として活用しています。

 他にも、ピーター・ドラッカーの「マネジメント」や、スティーブン・R・コヴィーの「7つの習慣」などは、士官学校での教育や組織運営の最適化のために積極的に導入されています。また、戦場での誤認を防ぐために、行動経済学の金字塔であるダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」が意思決定のトレーニングに使われることも珍しくありません。

 現代の戦場は、ビジネスの世界と同様に、敵が見えず、ルールが刻々と変わる「VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)」の極致です。そうなると、古代の兵法書よりも、最新の経営理論や心理学の方が、現場の複雑な問題を解決するのに適している場面が多くなるのも頷けるところです。

 

おわりに

 『孫子』は確かに偉大な古典ですが、それだけを盲信するのは、現代においては視野を狭くする嫌いがあるでしょう。

  1. 孫子の「合理性」を知る。

  2. 他の古典(論語、韓非子、五輪書など)で「人間性」や「仕組み」を補う。

  3. 現代のビジネス・マネジメント知見で「複雑性」に対応する。

 上述の3つのステップを意識することで、戦略眼はより立体的で強固なものになるのではないかと考えています。古典を敬いつつも、そこに「不足」を見出す。そんな批判的な読書法こそが、真の知性を養ってくれるのではないでしょうか。

 

 それにしても以前に「もうひとつの孫子! 孫臏の新しい本を待望していますよ」という投稿をしておきながら、また孫子について投稿してしまうわたしもかなり盲信気味なのかもしれませんね....