AirLand-Battleの日記

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日中、日韓の人名表記に関するルールを再確認

 日々のニュースやスポーツ中継を見ていて、ふと疑問に思ったことはありませんか?例えば「大谷翔平」という名前が、同じく漢字を使っている韓国や中国では一体どう表記され、どう呼ばれているのか?また、韓国の大統領「尹錫悦」氏の名前が、なぜ一時期(2021年頃)「ユン・ソクヨル」だったり「ユン・ソンニョル」だったりと表記が揺れていたのか?

 日本国内の常識で使っている「名前」は、一歩国境を越えると、その国の言語政策や歴史的背景、そして「相手国とどう向き合うか」という外交姿勢によって、表記は変えられています。今回は、日中、日韓の間における「人名表記」と「読み・発音」のルールと問題点を整理してみたいと思います。

 

日中関係:漢字という共通プラットフォーム

 まず、中国での日本人名の扱いは非常に明快です。結論から言えば、中国では徹底して「漢字」が維持されます。日本人も中国人も同じ漢字文化圏に属しているため、文字そのものを書き換える必要が無いからです。

 例えば「安倍晋三」や「岸田文雄」といった名前は、中国の新聞や書籍でもそのまま「安倍晋三」「岸田文雄」と記されます。ただし、中国本土では「簡体字」が公用されているため、日本の「澤」が「泽」に、「広」が「广」に変換されるといった字体の微調整は行われます。

 決定的な違いは「読み方」にあります。中国では、日本人の名前を日本語の発音(現地音)で呼ぶことはまずありません。すべて中国語での発音(ピンイン)で読みます。安倍晋三氏は「アンベイ・ジンサン」、岸田文雄氏は「アンティエン・ウェンシォン」といった具合です。

 ここには「漢字は中国語の文字である」という強力な自負があります。中国語の体系において、漢字を日本語の発音で読むことは、文章の流れを止める異物混入のような違和感を生むため、自国語のルールに当てはめるのが当然とされているのです。

 そういえば、日本側も中国人の名前は同じように漢字で記載し、日本語の発音(読み方)で読むことになっていますので、日中の間では同じ基準で人名を表記し読むことにしていることになります。これは、双方が「自分たちの使い慣れた文字と読み易い発音にする」という、ある種の対等な相互主義に基づいた関係と言えるかもしれません。

 

 ちなみに英語などの外国語のニュース報道に触れると、中国人の名前は中国語の発音に則ったものになっていますので、日本人にとっては少し不都合なところです。例えば「習近平」氏は英語のニュース報道では「Xi Jinping(シー・ジンピン)」と中国語の発音に基づいて(しかも姓、名の順のまま)表記・発音されているので、日本人が「しゅうきんぺい」とだけ覚えていると最初は何を指しているのか分からなくなります。

 

日韓関係:ハングルという「表音文字」

 一方で、韓国における日本人名の表記は、中国とは全く異なる進化を遂げました。現在の韓国メディアにおいて、日本人の名前については漢字は使われずに「ハングルによる日本語読み表記のみ」が基本です。

 例えば「大谷翔平」は「오타니 쇼헤이(オタニ ショヘイ)」、「岸田文雄」は「기시다 후미오(キシダ フミオ)」と書かれます。かつて、1980年代後半ごろまでは、日本人の名前を漢字の韓国語読み(伊藤博文を「イドゥン・バンムン」と呼ぶなど)で表記していた時期もありましたが、現在では歴史上の人物を除き、日本語の発音をハングルで再現するのがルールです。

 理解しておくべきは、韓国の紙面から「漢字」がほぼ消滅している点でしょう。ハングル専用文体が主流の韓国では、日本人の名前の横にカッコ書きで漢字が添えられることすら稀です。また、韓国語には日本語のような「長音(ー)」を表記する記号がないため、「佐藤(サトウ)」が「サト」、「加藤(カトウ)」が「カト」のように、語尾が切り捨てられるという独特の現象も起きています。

 

日韓関係:日本の配慮と韓国の当たり前

 ここで、日本側の状況を振り返ってみましょう。日本の新聞や書籍で韓国人の名前を記す際、私たちは「尹錫悦(ユン・ソンニョル)」のように、漢字にカタカナの読みを添えています。

 なぜ日本だけが、わざわざ手間をかけて「漢字」と「読み(現地音)」の両方を維持しているのでしょうか。そこには、1980年代に韓国側から寄せられた「自分たちの名前を日本語の音(キン・ダイチュウなど)で呼ばないでほしい」という強い要請に応えた歴史があります。日本側は相手のアイデンティティを尊重し、現地の発音に近づける努力を重ねてきました。

 しかし、ここで一つの疑問が生じます。「日本側は配慮しているのに、韓国側が漢字を省略してハングルのみにするのは、不公平ではないか?」という視点です。

 もし日本政府が、相互主義の観点から「韓国人名の漢字表記は止め、カタカナ表記のみにする」と決めたらどうなるでしょうか。これは平等かつ論理的に筋が通っているようにも思えますが、実は日本側にとって大きなデメリットが生じます。韓国人の氏名は苗字の種類が少なく、名前も似通っているため、日本語の発音の範囲内にあるカタカナのみで表記すると例えば「イ・ミンホ」という人が同時期に複数人現れて、誰を指すのか特定できなくなり、情報の精度が著しく低下してしまうのです。また古来からの日本側の歴史研究・教育も漢字表記で積み重ねられており、この蓄積を損なうのは明らかに不利益と判断できます。

 なお、韓国側がこの日本のこうした「配慮」に感謝しているかというと、残念ながらそうした認識は希薄です。ハングル専用教育を受けた世代にとって、漢字はすでに「過去の遺物」であり、日本側が漢字を調べて載せていることは「日本側の勝手なこだわり」程度にしか映っていないのが現実です。

 

「ユン・ソンニョル」表記の迷走に見る舞台裏

 さて、冒頭に挙げたカタカナ表記の揺れの問題についても触れておきましょう。尹錫悦氏が大統領候補となった当初、日本ではメディアによって「ユン・ソクヨル」「ユン・ソンヨル」など、表記がバラバラだったことを覚えている方も多いのではないでしょうか。

 これは、韓国語特有の「発音変化」が原因です。綴り通りに日本のカタカナを置くと「ソクヨル」ですが、実際の発音は「ソンニョル」に近い。この混乱を公式に収拾するのは、最終的には外務省の判断とメディア各社による「用語懇談会」での合意となっています。

 大統領就任という外交的な節目に合わせ、「政府の公式発表」と「報道のガイドライン」が合流し、一つの表記に統一されていきます。私たちがニュースで目にする韓国人の名前は、実は外交的なプロトコルと言語学的な精査を経て、ようやく着地した「一応の正解」なのです。

 

三カ国に漢字という共通文字ではあるけれど.....

 こうして三カ国の状況を俯瞰してみると、日本、韓国、中国のそれぞれが、名前をめぐって自国の言語プライドや隣国へのスタンスを表現していることがわかります。

 日本が現在行っている韓国人名のための「漢字+カタカナ」という表記スタイルは、一見すると不公平で手間の多いものかもしれません。しかし、それは「相手の発音を尊重する」という配慮と、「漢字文化圏としての情報の正確性を守る」という実務的な理性の、両立を目指した結果でもあります。

 相手国が漢字を捨て、あるいは自国語の読みに固執する中で、日本がこの「面倒な併記」を続けていること。それは、情報の解像度を高く保ち続けようとする、日本らしい知的な誠実さの表れと言えるのかもしれません。

 

 

******** 追記 ********

 そういえば以前に「駅名標から多様性への対応を考える」という題で、今回と似たような視点で投稿したことがありました。標識はできるだけ簡明にして、必要性の低い外国語での表記は最低限にして欲しいという主旨を述べましたが、今回は事情が違っていました。皆さんはどのように判断されるでしょうか?