AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

街路樹の伐採に反対する声を耳にしますけれど.....

 私たちの日常に彩りを添えてくれる街路樹や公園の緑。イチョウや桜の大木がずっと続く並木道や、公園で枝を広げる大樹は日常に溶け込んだ公共の財産と言えるでしょう。しかし最近、近所の公園や街路樹の大木が根元から伐採されたり、枝が不自然なほど短く切り詰められたりしている光景を目にすることはありませんか?

 「せっかく育った木なのに、なぜ?」 「緑を増やすのが時代の流れではないの?」

 そう感じる方も多いはずです。しかし、その背景には、私たちが直面している「公共設備の老朽化」と、自治体が抱える重い「管理責任」という、非常にシビアな現実があります。今回は、街路樹をめぐる昨今の状況と、いま各地で策定が進んでいる「街路樹マネジメント方針」の裏側を整理してお伝えします。

 

1. 相次ぐ枝の落下や倒木の事故

 まず直視しなければならないのは、街路樹や公園の樹木による人身事故が、近年、看過できない頻度で発生しているという事実です。

 例えば、2024年9月には東京都日野市の緑地で、歩行中の男性の上に大きな枝が落下し、命を奪われるという痛ましい事故が起きました。特別な台風の日ではなかったにもかかわらずです。また、2025年11月には名古屋市の白川公園でケヤキの枝が落下し、校外学習中の小学生が負傷しました。さらに2026年3月、世田谷区の砧公園では、前日からの雨と強風によって高さ10メートルの桜が倒れ、散歩中の女性が重傷を負う事故も発生しています。

 これらの事故に共通しているのは、一見では未だ元気そうに見える木が突然倒れたり折れたりしている点です。実は、都市の樹木は今、一斉に「寿命」を迎えつつあるのです。

 

2. 3つのリスク要因

 なぜ、今これほどまでに倒木リスクが高まっているのでしょうか。そこには3つの大きな要因が絡み合っています。

 一つ目は「樹木の高齢化」です。日本の都市部にある街路樹の多くは、1970年代から80年代の高度経済成長期や都市緑化ブームの際に植えられたものです。それから40年、50年が経過し、人間で言えば「高齢者」の域に達しています。外見は立派でも、内部が腐朽して空洞化していたり、アスファルトの下で根が十分に張れず「根腐れ」を起こしていたりするケースが激増しています。

 二つ目は「異常気象の常態化」です。かつてない規模の台風や、局地的なゲリラ豪雨、そして強風。これらが老朽化した樹木に最後の一撃を与えます。雨で地盤が緩み、そこへ強風が吹きつけることで、耐えきれなくなった巨木が根こそぎ倒れるのです。

 三つ目は「管理の限界」です。自治体には、管理する工作物(樹木を含む)によって他人に損害を与えた場合、その賠償責任を負う「工作物責任」があります。しかし、人口減少に伴う予算削減と人手不足により、数万本、数十万本とある樹木を一本ずつ精密に診断することは物理的・経済的に困難になっています。

 

3. 「切らずに治療」はできないのか?

 伐採が進む現場では、しばしば「治療して残してほしい」という市民の声が上がります。神宮外苑再開発の議論でも見られたように、長年親しんだ風景が変わることへの抵抗感は当然の感情です。

 しかし、ここには「理想」と「現実」の大きな乖離があります。樹木医による外科手術や精密診断には多額の費用がかかります。また、一度内部まで腐った木を完全に安全な状態へ戻すことは、現代の技術でも容易ではありません

 自治体の担当者の視点に立てば、「100本のうち1本でも倒れて事故が起きれば、それは管理責任の問題となる」という深刻の状態にあります。「いつか倒れるかもしれない」という不安を抱えながら、多額の税金を投じて延命治療を続けるよりも、安全のために伐採し、管理しやすい若木に更新する。これが、今の自治体が下さざるを得ない「苦渋の決断」なのです。

 

4. 「街路樹マネジメント方針」

 こうした課題を解決するために、いま多くの自治体が「街路樹マネジメント方針」という戦略を立て始めています。これは、これまでの「緑を増やす」という足し算の思考から、「安全に維持し、時には減らす」という引き算の思考への転換です。

 この方針には、主に3つの柱があります。

 一つ目は「路線の選別(トリアージ)」です。観光地やシンボルロードなど、多額の維持費をかけてでも守るべき「重点路線」と、安全性を最優先に伐採や撤去を進める「一般路線」に分けることです。すべての木を守ることはできないという前提に立ち、限られた予算をどこに選択・集中させるかを明確にします。

 二つ目は「低管理型樹種への切り替え」です。これまでは、見栄えの良いケヤキやイチョウといった「高木」が好まれましたが、これらは成長が早く、維持費がかさみます。今後は、成長が緩やかで病害虫に強く、強風でも倒れにくい中低木(ハナミズキやサルスベリなど)へと主役が交代していくことになります。

 三つ目は「不植栽という選択」です。人口減少が進む地域では、伐採した後にあえて新しい木を植えないという判断もなされています。植栽帯(土の部分)をアスファルトで舗装してしまえば、将来の管理コストはゼロになり、同時に歩道が広くなって車椅子やベビーカーが通りやすくなるというメリットも生まれます。

 

5. 議会と市民の間に「ボタンの掛け違い」

 しかし、なぜこうした自治体による合理的な政策が、現場での「伐採反対運動」に繋がってしまうのでしょうか。そこには構造的な問題があります。

 自治体は議会で予算を通し、計画を公表しています。ここの手続きに不備はありません。しかし、多くの住民にとって「政治」や「計画」が現実味を帯びるのは、目の前で愛着のある木が切られようとするその日です。自治体の議員から議会活動の報告を聞いている人、市区町村が配布している議事報告にしっかり目を通している人というのはかなりの少数派であって、街路樹の伐採は突然起きた暴挙に見えるのかもしれません。

 また、行政の説明が「安全のため」という抽象的な言葉に終始しがちな点も、不信感を招く要因です。「なぜ、隣の木は良くてこの木はダメなのか」という個別具体的な診断結果を、もっと分かりやすく、早い段階から提示する「情報の見える化」が求められています。

 

6. 私たちが受け入れるべき未来

 鬱蒼と繁る巨木の並木道は確かに見事ですが、それは高度経済成長期という「右肩上がりの時代」の遺産でもあります。

 これからの都市に求められるのは、華やかさよりも「持続可能な安全」です。視認性が確保され、信号や標識がはっきり見え、夜道が明るく、そして何より「いつ枝が落ちてくるか分からない」という恐怖のない歩道です。

 「街路樹マネジメント」が進むことで、街の風景はこれまでとは少し変わることで少し寂しくなるかもしれません。しかし、それは私たちが次の世代に「負の遺産(倒木リスクと過大な維持費)」を残さないための、賢明なダウングレードなのです。

 次に皆さんの街で樹木が伐採されているのを見かけたら、それは「壊されている」のではなく、私たちの安全を守るための「攻めの防災」が行われているのだと考えてみてはいかがでしょうか。都市の緑との付き合い方は、今、新しい段階に入っています。