AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

行政の「単年度主義」への挑戦

 日本の政治や行政の停滞を語るとき、必ずと言っていいほど「官僚支配」という言葉が挙げられます。以前に「官僚の壁との向き合い方 ~財務省ビルの前でデモをする意味~」という題名で投稿したことがありました。たしかに霞が関、とりわけ財務省ビルに向かって「もっと国民の声を聞け」と声を上げたくなる感情もある程度理解できるところです。

 あの「壁」の正体は、官僚個々人の性格や価値観の問題ではなく、彼らが従わざるを得ない「単年度予算制度」という鉄則が大きな要因ではないかと考えています。今回は、この制度が私たちの社会にどのような歪みをもたらしているのか、そして国民はどう向き合うべきかを考えてみたいと思います。

 

1. 「単年度予算制度」とは?

 単年度予算制度とは、一言で言えば「4月1日から翌年3月31日までの1年間で、その年の収入と支出を完結させる」という原則です。憲法第86条に基づくこの仕組みには、本来はごく常識的な「合理性」があります。

 一つは「財政民主主義」の維持です。毎年、国会で予算を審議することで、政府が勝手に巨額の税金を使うのを防ぎ、国民が常にチェックできるようにしています。もう一つは「財政規律」です。「今年使えるのはここまで」と財布の紐を1年ごとに締め直すことで、無制限な支出拡大にブレーキをかけているのです。

 いわば、国家運営における「1年ごとの家計簿」のような予算ルールですが、この「ブレーキ」が、現代の複雑な社会においては、逆に「足かせ」へと変貌することがあるのです。

 

2. 制度が生む「4つの大罪」

 この制度が官僚組織と組み合わさると、私たちの目には理解しがたい「官僚の壁」となって現れます。

① 「3月の無駄遣い」というお家芸

 最も分かりやすい弊害が、年度末の予算消化です。「予算を余らせると、仕事がなかったと見なされ、次年度の予算を削られる」という内部事情が官僚機構を支配しています。 例えば、1億円の予算がついた事業で、現場の努力によって8,000万円で済んだとしましょう。本来なら「2,000万円節約した」と褒められるべきですが、現実は逆です。財務省からは「なんだ、8,000万円で足りるじゃないか」と判断され、翌年は2,000万円をカットされます。さらに「当初の見積もりが甘かった」と管理能力まで疑われる。 これでは、3月に慌てて不要な備品を買い込み、道路を掘り返してでも「使い切る」ことが彼らにとっての「正解」になってしまいます。

② 「ぶつ切り」になる長期プロジェクト

 かつて宮崎県知事時代の東国原氏が「九州を一巡する高速道路がいつまでたっても繋がらない」と憤慨していましたが、これも単年度主義の産物です。 大規模なインフラ整備には10年、20年という歳月が必要です。しかし、予算が1年単位でしか確定しないため、全国に「薄く広く」予算を配分せざるを得ません。「今年はここの5kmだけ、来年はあそこの2kmだけ」というぶつ切りの工事が全国で同時並行に進むため、全体の完成が果てしなく遠のくのです。

③ 柔軟性の欠如と「前例踏襲」

 年度の途中で社会情勢が激変しても、予算を柔軟に組み替えることは困難です。一度決まった予算を守ることが目的化し、現場の「今はこれよりも、あちらにお金を使うべきだ」という柔軟な判断があっても、承認された予算内容に反する、という理由で封殺されます。

④ 財務省への権力集中

 単年度ごとに予算を積み上げる方式は、過去の経緯を最も詳しく知る官僚側に情報の優位性をもたらします。政治家が新しい政策を打ち出そうとしても、官僚から「単年度の整合性が取れない」「財源の裏付けがない」という「専門用語の壁」を突きつけられると、多くの政治家は沈黙してしまいます。

 

3. 民間企業との違い

 一般の企業も「会計年度」という区切りを持っていますが、官僚制度ほど硬直していません。 特に収益が悪化すれば、年度の途中であっても機動的に経費を削減したり、逆にチャンスがあれば追加融資を受けて投資を加速させたりします。また、節約したお金は「利益」として次年度以降の成長資金に回せます。 一方の官僚制度には「利益」という概念がありません。未執行の予算は国庫に返納するだけであり、節約した人が損をするという、民間ではあり得ない逆転現象が起きているのです。

 

4. 世界はどう動いているか

 この問題に対し、欧米諸国では「1年単位のチェック」と「数年単位の計画」を両立させる知恵を絞っています。 イギリスやフランス、スウェーデンなどでは、3〜5年先の「支出の天井(上限)」をあらかじめ法律などで決めておく「中期財政枠組み」を導入しています。これにより、各省庁は「来年の予算を削られる心配」をせずに、長期的な視点でプロジェクトを進めることができます。また、節約した予算を翌年に持ち越せる繰越しの制限を緩和し、賢いお金の使い方を促す工夫もなされています。

 日本でも、科学技術などの特定分野で基金を作る動きがありますが、これには中身が不透明になりやすいという懸念もあります。重要なのは、透明性を確保しつつ「単年度の呪縛」を解く、制度の思い切った刷新でしょう。

 

5. 私たち国民にできること

 財務省のビルの前で声を上げる人々の怒りは、もっともなものです。しかし、感情をぶつけるだけでは、彼らが守っている「壁」は崩れません。 私たちがなすべきは、この「単年度予算制度」という古びたルールを使いこなし、あるいは乗り越えられる政治家を見極めることです。

 選挙において、私たちが注目すべき政治家の資質は以下の3点です。

  • 数字の裏にある「論理」を見抜く力: 官僚の「財源がありません」という言葉に対し、長期的な国益の観点から代替案を提示できるか。

  • 「優先順位」を書き換える覚悟: すべての省庁に薄く広く配分する官僚の慣習を断ち切り、必要な場所に予算を集中させる決断ができるか。

  • 「成果」で人を動かす力: 単に「予算をいくら使ったか」ではなく、「どんな成果を上げたか」で官僚組織を評価する仕組みを導入できるか。

 官僚を単なる敵として叩くのではなく、国家を動かすプレーヤーとして正しく設計し、使いこなす。そうした知性を持った政治家を支持することが、巡り巡って、税金が正しく、そして未来のために使われる社会への近道となるはずです。