AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

イラン人、ペルシャ民族の本当の姿は?

 1990年前後の東京の上野公園や代々木公園の周辺では、少し異様な光景がここかしこに見られました。多くのイラン人男性が集まり、磁気情報を不正に書き換えた「偽造テレホンカード」を手に、行き交う人々に声をかける光景です。当時のニュースでは、彼らによる不法就労や違法販売が社会問題として連日報じられていました。「要らん人」などという代名詞も見聞きしたことがあります。

 今日の日本において「イラン」という国名を聞いたとき、多くの中高年層が抱くイメージは、まだこうした「公園にたむろする怪しげな外人」という記憶に根ざしているかもしれません。あるいは、ここ最近、連日のように報じられる中東情勢の緊迫感から、「宗教原理主義の、近寄りがたい国」という印象を持つ方も多いことでしょう。

 しかし、そうした断片的な情報や一時期の社会現象を除いて見直してみると、そこには私たちが知る姿とは異なる、驚くべき「知性と誇りの民」の素顔が見えてきます。

 

「要らん人」

 まず、私たちが抱く「1990年前後の負のイメージ」の正体を整理しておきましょう。なぜあの時期、多くのイラン人が日本に現れ、そして一部の人々が違法な手段で生計を立てるに至ったのでしょうか。

 最大の理由は、当時の日本とイランの間に結ばれていた「観光ビザ免除協定」にあります。1988年に8年間にわたるイラン・イラク戦争が終結した直後、イラン国内は経済的に疲弊し、若者たちは職を求めていました。一方、日本はバブル景気の絶頂期。人手不足に悩む日本企業と、稼げる場所を探すイランの若者たちのニーズが合致したのです。

 当時、ビザなしで入国できる先進国は日本くらいのものでした。彼らの多くは当初、建築現場や工場など、いわゆる「3K(きつい、汚い、危険)」と呼ばれる職場で、日本の高度経済成長の残り火を支える労働力として汗を流しました。

 しかし、バブルが崩壊すると状況は一変します。景気の悪化によって真っ先に職を失ったのは、公的な在留資格を持たない外国人労働者でした。帰国する費用もなく、かといって働く場所もない。そうした極限状態の中で、当時、母国の家族と連絡を取るために需要が高まっていた「国際電話用のテレホンカード」を偽造・販売するという、地下経済の誘惑に飲み込まれていった人々が現れたのです。

 これが私たちの記憶に刻まれた上野公園のイラン人の背景だったのです。

 

世界が驚くエリート

 ところが、一歩日本を一歩出て世界を見渡すと、イラン人に対する評価は非常に高いものがあります。アメリカやカナダ、ドイツにおいて、イラン系移民は「最も成功し、教育水準が高いグループ」として知られています

 アメリカの統計によれば、イラン系アメリカ人の約60%が学士以上の学位を保有しています。これはアメリカ人全体の平均(約30%台)を大きく上回る数字です。さらに、医師や弁護士、エンジニアといった専門職に就く割合も極めて高く、世帯年収の中央値も全米平均を優に超えています。

 具体的な名前を挙げれば、その影響力は一目瞭然です。

  • 世界最大級のオークションサイト「eBay」の創設者、ピエール・オミダイア氏。

  • 配車サービス大手「Uber」のCEO、ダラ・コスロシャヒ氏。

  • Googleに買収されたYouTubeの初期メンバーや、NASAの火星探査プロジェクトを支える核心的なエンジニアたち。

 彼らは「イラン人」という呼称よりも、歴史的な誇りを込めて「ペルシャ人」と自称することを好みます。厳しい教育を勝ち抜き、論理的思考を武器に異国で頂点に立つ。これが、世界標準におけるイラン人の実像なのです。

 日本においても、その片鱗は見ることができます。現在、メジャーリーグ(MLB)で圧倒的な成績を残し、知性的なプレースタイルで知られるダルビッシュ有選手。彼のお父様はイラン出身ですが、もともとはアメリカへの留学を志していたものの、革命の影響で目的地を日本に変えて来日した人物です。ダルビッシュ選手の持つ、あくなき探求心とストイックな自己管理能力は、あるいはペルシャ的な知への執着の現れと言えるかもしれません。

 

ペルシャ帝国の末裔が持つ民族精神

 なぜ彼らは、これほどまでに優秀なのでしょうか。その答えは、彼らが受け継ぐ数千年の歴史と、独特の国民性にあります。

1. 言葉を愛し、論理を尊ぶ イランは世界史に名を刻む広大なペルシャ帝国の末裔です。古くから官僚機構や科学が発達していたため、彼らにとって教育は最大の財産です。特筆すべきは、彼らの「言語」に対する愛着です。多くのイラン人が古典詩を暗唱しており、日常会話に巧みな比喩を織り交ぜます。非常に弁が立ち、交渉術に長けているのは、こうした文化的背景があるからです。

2. 複雑な礼儀作法「タアロフ」 彼らには「タアロフ」という、日本人にとっても驚くほど複雑な礼儀作法があります。例えば、店主が客に「お金はいらない(タアロフだ)」と言い、客もそれを一度は断る、といった謙虚さと建前の応酬です。これは驚異的な「おもてなしの心」を生む一方で、初見の外国人には「本音がどこにあるのか掴みにくい」という印象を与えることもあります。

3. 鋼の自尊心とサバイバル能力 歴史的に幾多の侵略や政変、そして現代の厳しい経済制裁を経験してきた彼らは、極めてタフです。どんな困難な状況下でも、抜け道を見つけ出し、ネットワークを駆使して生き残る。このバイタリティが、ビジネス界での成功に繋がっています。同時に、大国の圧力に屈しない強いプライドは、時として国際社会における「頑固さ」として映ることもあります。

 

これから向き合うべき「ペルシャ」の姿

 2021年7月の東京オリンピックの開会式の放送で、アナウンサーがイラン選手団の入場にあたって「アラブの……」と紹介し、直後に「ペルシャの……」と訂正した場面がありました。この小さな訂正には、大きな意味が込められています。たしかに日本人の一般的な理解では、中東の別名が「アラブ」になってしまっていますが、このあたりが認識不足の一端だったのかもしれません。

 アラブ諸国とは言語もルーツも異なる彼らは、自分たちを「イスラム教が伝来するはるか前から続く、高度な文明の継承者」であると自負しているのです。

 1990年代の偽造カードの記憶は、あくまで日本という特異な環境下で起きた、一時期の現象に過ぎません。現行のイランの政治体制になっているイスラム原理主義と、その支配で発生している国内問題も、ペルシャ民族を直接理解することには決してつながりません。その裏に隠された、驚くべき知性、数学的センス、そして詩を愛する心。それこそが、私たちが知っておくべき「イラン」という国と民族性の真の輪郭であると思ってください。

 不透明な国際情勢の中で、私たちはとかく「国」という属性で相手を判断しがちです。しかし本質的には、ダルビッシュ選手のようなストイックな情熱を持ち、あるいはシリコンバレーを動かすような知性を備えた、誇り高き民族であることを知っておくべきでしょう。

 かつて上野公園に立っていた彼らの息子や娘たちが、いま、日本のどこかで新たな才能を開花させているかもしれない。そう想像したとき、私たちの「イラン」という国に対する解像度は、少しだけ鮮明になるのではないでしょうか。