職場などで新しい業務を学ぶとき、あるいは後輩に仕事を教えるとき、このようなセリフを耳にすることがありませんか? 「一通り説明したから、分からないところがあったら聞いてね。」
一見すると、この言葉には説明者の謙虚さと親切心、そして「後からでも責任を持って面倒を見るよ」というアフターケアの意思が込められた、温かい配慮のように思えます。しかし、実態を冷静に観察してみると、このセリフが文字通りに機能しているケースは極めて稀です。
むしろ、この言葉は初心者を深い困惑に突き落とし、説明者側にとっては準備不足の雑な説明を隠蔽するための都合の良い捨て台詞として濫用されているのが現実ではないでしょう。
今回は、この日常で起きている教える・教えられるの行き違いについて再検証し、現場の雑な口頭説明を根絶することで、誰でも高い本質と効率で自走できる組織を作るための方策を考えたいと思います。
1. そもそも「どこが分からないか」が分からない
まず大前提として認識しなければならないのは、初心者や初学者に対して「分からないところを聞いてね」と迫ること自体の理不尽さです。
認知心理学の知見を引くまでもなく、新しい分野に足を踏み入れたばかりの人間には、その業務の全体像や、何が重要で何が前提知識なのかという勘所が分からないものです。勘所や要点が頭の中に定着していない状態で、口頭で1回から2回、雑に手順を説明されたとしても、受け手はただ情報の洪水に溺れるだけです。
人間は、実際に自分の手を動かして、最初の壁に突き当たって初めて「あ、ここが処理できない」「この手順の次が繋がらない」と認識できるようになります。つまり、説明を受けた直後の座学の段階では、自分が何を理解できていて、何を理解できていないのかを客観的に把握する能力が働きません。
したがって、説明が終わった瞬間に「質問は?」と聞かれても、初心者は「どこが分からないのかが分からない」ため、沈黙するか、愛想笑いで「大丈夫です」と答えるしかありません。この対話は、親切の皮を被った一方通行の儀式に他ならないのです。
2. 雑な説明者の4類型
では、なぜ説明者はこのセリフを多用するのでしょうか。その心理を顕彰してみると、善意から怠惰にいたる4種類の類型が見えてきます。
第1に、純粋なアフターケアとして「いつでも頼ってほしい」と安全網を張る「善意・謙虚型」です。しかし、このタイプであっても、初心者の心理的ハードルを下げ切れているとは言えません。 第2に、挨拶代わりの「社交辞令型」です。メールの末尾に添える定型句と同じで、説明の儀式を円滑に終わらせるための合図として使っています。 第3に、最も厄介な「思考放棄・丸投げ型」です。引き継ぎ書の準備や手順の整理を怠り、口頭で雑に済ませたことへの罪悪感を薄めるために、「一応、聞けとは言ったからね。あとは聞いてこない相手の自己責任だ」という予防線を張っているのです。 第4に、自分が業務に習熟しすぎているがゆえに、初心者がどこでつまずくかの想像力を失っている「知識の呪縛型」です。
特に多くの組織で「口頭の雑な説明」が横行するのは、丁寧に教えたり、分かりやすい手順書を作ったりしても、それが個人の善意に依存しており、人事評価や給与などのインセンティブに直結しないという構造的な問題も影響しているのかもしれません。
3. 「マニュアル通り」を批判する日本
世間では頻繁に、マニュアル通りの対応しかできない融通の利かない組織や人を批判する声が聞かれます。しかし、これは順番が完全に逆だと考えています。
日本の多くの職場を見渡してみると、そもそも誰がやっても同じ結果になる、まともな説明書や手順書が整備されている環境がまだまだ少数派であり発展途上です。基礎となる標準化(マニュアル化)という強固な土台があって初めて、その先にある臨機応変な応用(マニュアルを超える顧客対応)が可能になります。
大手コンビニチェーンや有名テーマパークの強さは、個人のコミュニケーション能力や善意に依存せず、手順を徹底的に仕組み化している点にあります。足元の標準化すらできていない組織がマニュアル人間の弊害を語るのは、基礎練習をしていない人間が応用のプレースタイルを批判するような、中身のない批判に過ぎません。
管理者が目指すべきは、現場の「何かあったら聞いてね」という曖昧なやり取りを仕組みによって駆逐し、説明書を見れば、誰でも8割のクオリティで業務が完結する環境を作り上げることであるはずです。
4. 具体的対応策
それでは、管理者は具体的にどのような手を打てば良いのでしょうか。現場から雑で無責任な口頭説明を減らし、業務を資産化するための4つのアプローチを挙げてみましょう。
施策①:最初の段階から引継ぎ資料を整備する
口頭の説明が雑になるのは、その場で思い出しながら「流して」いるからです。これを防ぐために、最初のインプットは文書や動画や音声の記録を使って説明することにします。 例えば、パソコンの画面操作を伴う事務作業であれば、実際に作業している画面を録画しながら、3分程度の解説音声を吹き込んだものを「一次説明の教材」として共有ドライブに格納します。物理的な作業であれば、スマートフォンのカメラで手元を1分間撮影した動画で十分です。 現場で後輩から「〇〇のやり方を教えてください」と求められたとき、先輩が口頭で話し始めるのことは原則禁止とし、「まず、あの3分動画を見て、その通りに手を動かしてみて」と言って理解できるように引継ぎ資料を整備します。
施策②:手順説明をより細分化して書く
多くの手順書が役に立たないのは、「データをシステムに入力する」といった大雑把な記述にとどまっているからです。これを「ブラウザで特定のページを開き、指定のIDでログインし、左のメニューから受注管理を選んで、ExcelのA列の数値をコピーして貼り付ける」という、迷いようのないステップ・バイ・ステップのレベルまで細分化した説明を用意しおきます。 さらに重要なのは、すべてがスムーズに進む流れだけでなく、トラブルが発生したときの「もしも」の分岐(異常時、例外時など)についても明文化しておくことです。 「もし画面に『エラーコード102』が出たら、このボタンを押してリセットする」「もし相手からの返信が3日以内に来なかったら、ここに催促の連絡を入れる」「判断に迷うグレーゾーンが発生したら、自分で判断せず〇〇さんに処理を回す」といった、立ち往生しやすいポイントを先回りして文章化しておくことで、初心者の「どうしよう」やFAQを未然に防ぐようにします。またいつでも復習ができるわけです。
現実の日本の会社組織では、「分からないことがあったら聞いてね」と言っていた先輩に実際に質問に行くと、「いま忙しいから後にして!少しは自分で考えて!」といった返答が来ることもあるようです。そうするときっともはや進んで質問することはなくなるでしょう。そうした「文化」「組織風土」だって、次代へと受け継がれてしまうものなのです。
施策③:山本五十六の精神
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という帝国海軍大将・山本五十六(1884~1943)の有名な言葉があります。(そもそも帝国海軍全体にこの言葉がどれくらい浸透していたのかは疑わしいと推測していますが、それはさておき。)この言葉についても「適当に3回くらい見せて、あとはやらせておこう」という現場の雑な感覚に任せてはいけません。そして管理者には引継ぎのプロセスを責任をもって監督する義務があることを心得ておきましょう。
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第1ステップ(見学):先輩が実際に作業する姿を、後輩が手順書を片手に見る(回数:2回)
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第2ステップ(伴走):後輩が実際にリハーサルで作業し、先輩は横で黙って見守る。手出しはせず、手順書通りにできているかだけを確認する(回数:2回)
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第3ステップ(自立と定期確認):「何かあれば聞いて」と突き放すのではなく、業務開始から最初の1週間は、「毎日15時になったら、進捗と困っていることを確認し合う10分間の時間をあらかじめ時間割として組んでおく」というルールを徹底します。
施策④:手順書は改訂を重ねるべきもの
引継ぎの手順書というものはは一度作ったら終わりの完成品と考えてはいけません。例えば引継ぎの手順書を読んだ現場から質問が出たというのであれば、その説明資料の不備・欠陥を意味します。 質問を受けた先輩は、口頭で答えて満足してはいけません。「今答えた内容を、そのまま共有の手順書に追記するまでを一つの仕事」として義務付けます。これにより、手順書は現場のつまずきを吸い上げて、月日を追うごとに先回りして疑問を解消してくれる強力な財産へと進化していきます。
また、年月を経るうちに対象の業務で、画期的な変更や見落としていた欠陥、組織変更に伴う手順の見直しなども発生するはずです。そうした場合にはその時点の担当者が手順書を改訂しなければなりません。
これを聞くと、「そんなことをしていたら、手順書の記載内容がドンドン増えて複雑化してしまうのでは?」という心配があるかもしれません。しかし現実にはある程度の限度があり、それほど大分になる手順書というのはまず作られないでしょう。もしあるとすれば、上で挙げられた大手コンビニエンスストアやファーストフォードチェーン、有名テーマパークくらいのものではないでしょうか。もしそれほどのマニュアルを本当に作成できたのであれば、まさに会社の財産と呼べるものであって、うれしい悲鳴が上がるでしょう。
5. 手順書を作るための手順書
ここまで徹底しようとすると、おそらく現場からは「マニュアルを作るためのマニュアルが必要じゃないか」という声が上がるかもしれません。
その予感は正しいでしょう。管理者が真に取り組むべきは、まさにその「標準化のための標準化」です。どのようなフォーマット(文書ファイル、写真、動画など)を残すのか、どのドライブのどのフォルダに格納するのか、質問が出たときに手順書のどこに追記するのか、というルールを整えてあげることも、管理者の責務になります。
教えるというコストを、その場限りの口頭説明という「消費」で終わらせてはいけません。一度教えたら、それが二度と他の人に繰り返されなくて済むように、また「失伝」することのないように組織の資産へと「形」にしていくこと。
現場の会話から「分からないところがあったら聞いてね」という無責任なセリフが消え、「手順書の3番の通りに進めてみて。1時間後の14時に進捗を確認しに行くから」という会話に変わったとき、あなたの組織は初めて、属人化の呪縛から解放されたことになります。
以前に「逐次注意で良いと考えている人へ」という題名で投稿しました。今回はその続編といえる内容になっていると感じています。「分からないところがあったら聞いてね」という言葉には日本人の親切心の浅さが現れているように思っていたため、本当に親切で責任感のある人間であればどうするべきか、についてひとつの具体的な答えになっていれば個人的には満足です。