ネットサーフィンで毎日のニュースやおすすめ記事を眺めているうちに、時折このような主旨の言説に出会ったことはありませんか?
「現在使われている中国語や韓国語の言葉の多くは、明治時代以降に日本人が努力して漢字に直した言葉だ。日本がなければ、彼らは近代的な政治社会のニュースも科学論文も書けなかったのだ。」
これらはいわゆる日本文化の優越面を過剰に強調するものであり、一種の愛国心をくすぐる説として興味を惹いたり、好まれたりしがちです。しかし、歴史の事実を客観的に検証してみると、こうした極端な主張は、世界史上の偉人たちの功績を知らない「盲説」であることに気づきます。その「偉人たち」とは19世紀後半の中国で近代化に挑んだ洋務派の知識人たちであり、また彼らを支えた西欧の宣教師たちです。
こんにち何気なく使っている「漢字への翻訳語」は、決して日本人の独創だけで生まれたものではありません。そこには東アジアの知識人たちによる、壮大な知的交流があったのです。今回は、その歴史的に正当な評価と、現代における翻訳の現状の変化について、整理してみたいと思います。
1. 中国の洋務運動
日本の明治維新(1868年)より数十年前、清朝後期の中国は欧米列強の脅威に直面していました。そうした苦境に抗するべく1860年代から始まった「洋務運動」の中で、清朝の知識人たちは自国の近代化のため、西洋で出版されていた外国語の専門書を漢訳するための国家機関を設立しました。
彼らの最初の段階の目標が、西洋の高度な科学技術や法制度の専門用語を、自分たちの言葉である「漢字」に落とし込むことでした。この基礎研究を行ったのが、イギリスやドイツからやってきた宣教師たちと、中国の優秀な洋務派の官僚と学者たちでした。
明治の日本人がゼロから苦労して造った、と思い込んでいる近代用語の少なからぬ部分が、実はこの時期の中国で先に誕生したものも非常に多いのです。
特に顕著なのが自然科学や数学、国際法の分野です。 例えば、数学の「幾何」「代数」「微分」「積分」といった言葉は、中国で先に訳語として定着していました。化学の世界における「水素」「酸素」「炭素」といった元素名も、イギリス人宣教師ジョン・フライヤー(1839~1928)と中国人の科学者・徐寿(1818~1884)らが、試行錯誤の末に生み出した言葉です。
さらに、国際法や政治の領域における「同盟」「公使」「領事」「国債」「自治」といった言葉、日常に溶け込んでいる「銀行」や「新聞」という言葉も、清朝末期の中国の文献や辞書にすでに存在していました。明治の日本人は、これらの言葉をごっそりと言語的財産として輸入、活用したのです。
こうした歴史的事実を踏まえることができないのは、そもそも世界史(中国史)の学習者が比較的に少なく、日本史を学習した多くの人にとっても、蘭学に関する関連知識として、医学書『ターヘル・アナトミア』を翻訳する際の苦心がエピソードとして紹介されていることが多いことなどから、日本人による努力だけが記憶されやすいのかもしれません。
2. 日本人と「英華辞典」
福沢諭吉(1835~1901)や西周(1829~1897)といった、教科書でおなじみの明治の知識人たち。彼らが西洋の新しい概念を日本語に翻訳する際、本当にゼロから頭をひねって造語していたかというと、そうではありません。彼らの机の上には、中国で出版された分厚い「英華辞典(英語・中国語辞典)」が一冊はあったはずです。
その代表例が、ドイツ人の宣教師ウィルヘルム・ロブシャイド(1822~1893)が1866年から1869年にかけて香港で出版した『英華字典』です。 この辞書は、当時の西洋知識の最高峰を漢字に訳した驚異的な名著でした。明治政府の岩倉使節団なども現地で購入し、日本国内では海賊版が大ベストセラーになるほど、日本の知識人たちにとって座右の書となっていたのです。
驚くべきことに、このロブシャイドの辞典には、すでに「社会」「革命」「恋愛」「幸福」「利益」「保険」「裁判」「文学」といった言葉が、現代とほぼ同じ意味の英語に対する訳語として掲載されていました。
つまり、歴史の正確な実態はこうです。 日本人がすべてをゼロから発明したのではなく、中国にいた先駆者たちが作った膨大な訳語の選択肢の中から、日本の知識人たちが優れた言葉を選び取り、自国に定着させたのです。
3. 日本人による功績
中国側にこれほどの先駆的業績があったという史実からすると、福沢諭吉や西周らの功績は完全に否定されてしまうのかというと、決してそんなこともありません。彼らの功績は翻訳の継続した努力と工夫とともに、概念の「厳密化」や「社会全体への普及・定着」にあります。
中国側の先駆的な翻訳は、時に一つの英語に対して複数の漢字を当てはめるなど、少し大雑把な部分が残っていました。 そうした部分を高度化したひとりが西周です。彼は西洋の哲学体系を深く理解した上で、それまで「希哲学」などと呼ばれていたものを「哲学」という二文字に整理しています。他にも「主観」や「客観」といった、高度な思考を支える言葉の概念を厳密に理解・分析しています。
また、福沢諭吉の功績は、それらの難しい言葉を一般市民が使えるレベルにまで噛み砕き、社会の共通言語にしたことです。 例えば、英語の「リバティ」に対して、当時の中国の辞書には「自主」や「任意」など様々な訳が並んでいました。福沢諭吉はその中から「自由」という言葉を選び抜き、自身の著書『学問のすすめ』などを通じて日本中に普及させました。
このように、明治の日本人は、中国から得た漢字の素材をさらに洗練させ、教育や新聞を通じて国民全員が使える「生きた近代言語」として定着させたのです。
そして20世紀初頭、今度は近代化に遅れをとった中国や韓国の留学生たちが日本にやってくるようになります。彼らは、日本によって高度に体系化された教科書や専門書を読むことで、西洋の知識を効率よく吸収しました。こうして、洗練された「和製漢語」が再び中国や韓国へともたらされ、当地で現代のニュースや論文に欠かせない言葉となっていったのです。
東アジアの近代化とは、どこかの一国が成し遂げたものではありません。中国が種をまき、日本が育てて大輪の華を咲かせ、それを再び東アジア全体で収穫したという、美しい文化交流があったのです。
4. 現代日本の「翻訳放棄」と中国の「執念」
ひるがえって、昨今の日本社会はどうでしょうか。 IT用語をはじめとする海外で研究・開発された新しい概念に対して、漢字への翻訳をほぼ放棄しているように見えます。 「クラウドコンピューティング」「ブロックチェーン」「サイバーセキュリティ」――。これらはすべてカタカナのまま社会に流通しています。
IT用語のみならず、映画の題名なども近年は日本語に直すことはしなくなりました。
なぜ、明治期のような翻訳の情熱が失われてしまったのでしょうか。背景には、日本語特有の「カタカナ」という文字種の存在があります。カタカナは、言葉の意味がよく分からなくても、外国語の音をそのまま表記して文章に組み込めるという、極めて便利な逃げ道として機能します。現代のスピード社会において、わざわざ苦心惨憺して適確な新しい漢字を造るよりも、カタカナでそのまま流す方が効率的になってしまったのです。また、社会全体として漢字に関する深い教養や造語力が低下していることも否定できない事情になっています。
一方で、現代の中国はどうでしょうか。彼らは今もなお、日本人から見ると驚異的な執念で新しい概念を「漢字」へと翻訳し続けています。
中国語にはカタカナのような便利な表音文字がありません。文章を構成する以上、100%漢字を使わざるを得ないという言語的な宿命があります。音をそのまま漢字に当てる「音訳」(当て字)もありますが、文字数が長くなり意味も通じなくなるため、生き残るためには、はやり意味を考えて漢字を組み合わせた翻訳語を創るしか選択肢がないのです。
中国語でのIT用語の翻訳センスには、実に絶妙なものがあります。
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「クラウドコンピューティング」 は、文字通り雲の上での計算を意味する 「雲計算」。
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「スマートフォン」 は、知能を持った携帯電話を意味する 「智能手机」。
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「ソフトウェア/ハードウェア」 は、極めて直感的に 「軟件/硬件」(柔らかい部品/硬い部品)。
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「ブロックチェーン」 は、区切られた塊が鎖で繋がっている様子を表す 「区塊鏈」。
これらは、新しい技術が登場するたびに、専門家やネットユーザー、メディアが自由に訳語を競い合い、最終的には国家機関(全国科学技術名詞審定委員会など)が精査して、標準的な訳語として一対一で確定していきます。かつて西周や福沢諭吉が奮闘していた高度な知性化のプロセスを、現代の中国は国家規模の組織的手続きとして実施しているのです。
5. 言語に優劣は無い
カタカナに頼る日本と、漢字にこだわる中国。これらはどちらかが言語として優れているという話ではありません。
日本のカタカナ方式には、「海外の最新概念を、翻訳を待たずに1秒でそのまま導入できる」という圧倒的なスピードというメリットがあります。元の英語が持つニュアンスを歪めずに受け取れる利点もありますが、一方で、カタカナだらけの公文書やニュースが「高齢者や専門外の人を置き去りにする」という知的格差を生む要因にもなっています。
対する中国の漢字方式は、新しい言葉であっても「漢字を見れば、子供からお年寄りまでなんとなく意味が推測できる」という、社会全体に対する圧倒的な親切さがあります。新しい技術が社会に浸透する際の知的障壁が低いのが大きなメリットです。
明治の日本人が持っていた、外来の概念を自国の血肉にするために、徹底的に漢字へ翻訳するというあの情熱と執念は、現代ではカタカナを持たない中国の側に伝統として受け継がれていると言えます。
結びに代えて
「日本がつくった言葉のおかげで、現在の中国や韓国は近代化できた」というようなネット上の傲慢な言説は、基本的な歴史的事実を知らない、一知半解な見方です。清朝末期の洋務派たちの血のにじむような翻訳の基礎研究があり、それを明治の日本人が預かって磨き上げ、そしてまたアジアの隣国たちへと還っていった。 このダイナミックな環流の歴史こそが、漢字という共通の文字文化を持った東アジアの誇るべき事実と考えたほうが良いでしょう。
自国の過去の功績を正当に誇ることは大切ですが、同時に隣人の先駆的な功績にも等しく敬意を払うこと。それこそが、歴史を学ぶ者に求められる「客観的で率直な視点」ではないでしょうか。