世界の文化・文明は、一体どこで生まれどこへ流れてゆくのでしょうか。
毎日食べる食事、身にまとう衣服、そして社会の仕組みや言語にいたるまで、あらゆる文化は歴史のなかで地球上を移動し続けてきました。ある文明は周囲に強い影響を与え、またある文明は世界中の良質なものを貪欲に吸収して自らのものとしてきました。
歴史と地理で俯瞰すると、文化の伝搬には明確な「方向性」と「構造」のパターンが存在することが分かります。今回は、古代から現代にいたる文化・文明について、5つの伝搬パターンに整理して解説します。
1.「放射型」中心から周辺へ波及
まず誰もがイメージしやすいのが、ひとつの強大な文明が周囲の地域を圧倒し、文化を外側へと広げていくパターンです。これを「放射型」と呼びましょう。
このパターンが発生する条件は、中央に圧倒的な経済力、軍事力、そして文字や法律、官僚制といった「高度な統治システム」が完成していることです。周辺の地域や国家にとっては、その先進的なシステムを自発的に模倣し、取り入れることが、自国の発展や統治を安定させる最も手っ取り早い手段となります。
実例:東アジアの中華文明
最も典型的な例が、古代から中世にかけての中華文明です。中国は漢字、儒教、仏教、そして法治制度「律令制」を完成させ、周辺地域へと波及しました。日本、朝鮮半島、ベトナムといった国々は、これらを取り入れることで国造りを急速に整えていったのです。同じような現象は、地中海全域に道路網や法制度、ラテン語を広げた古代ローマ帝国にも見られます。
2.「集約型」周辺地域から吸い上げる
「放射型」とは真逆の方向性を持つのが、周辺の優れた文化や技術、人材を中央に吸い寄せ、そこでひとつの巨大な文化として完成させる「集約型」のパターンです。
このパターンは、地理的に実力が拮抗した複数の国々がひしめき合っている環境や、一箇所に莫大な富が集中したときに発生します。パトロン(資金援助者)が最も強力な地域には、周辺地域から優れた芸術家、思想家、技術者が自然と集まってくるからです。
実例:近世フランスとヨーロッパの宮廷
17世紀から18世紀の絶対王政期、ルイ14世などが統治したフランスはその典型です。フランスは陸続きの周辺国から優れた要素をどん欲に集めました。イタリアからはルネサンスの洗練された芸術や食文化(メディチ家からの婚姻などが契機)を、スペインからは情熱的な芸術を、ドイツからは緻密な自然科学の知識を集約したのです。そして、それらをパリという巨大なサロンで「洗練された宮廷文化」へと大成させました。
3.「リレー型」文化の流れの中に身を置く
文化の「発信源(放射型)」でもなく、「最終目的地(集約型)」でもない場所が、歴史上きわめて重要な役割を果たすことがあります。それが、AとBの間に立って文化を橋渡しする「リレー型」(中継伝搬型)です。
リレー型のプレイヤーは、単に文化を右から左へ受け流すだけの通路ではありません。彼らは、異質な文化を自分たちの社会で一度咀嚼し、次の地域が受け入れやすいように実用的にカスタマイズ、つまり翻訳、整理、取捨選択などをする役割を担っています。
実例:シルクロードの商人と古代朝鮮半島
中央アジアのオアシス都市を拠点に活動した「ソグド人」は、西方のペルシアの宗教(ゾロアスター教など)を東方の中国へと伝え、逆に中国の製紙術などを西方へとリレーしました。 また、日本の歴史において古代の朝鮮半島(高句麗・百済・新羅など)が果たした役割もこれに当たります。大陸の進んだ文化をただ通すだけでなく、自国に適応させた形で日本に伝えたため、日本は大きな拒絶反応を起こさずにその文化を吸収することができたのです。
4.「モザイク型」並列のまま共存
文化が集まったとき、それらを一つの鍋で煮込んで新しいスープ(独自の文化)を作るのではなく、お互いの形を保ったままチェス盤の目のように並列させるパターンもあります。これが「モザイク型」(共生型)です。
強力な商業都市や、多民族・多宗教をあえて無理に統合せず、緩やかに統治しようとする大帝国においてこの構造が現れます。
実例:オスマン帝国とマレー半島
かつて地中海から東方に君臨したオスマン帝国は、首都イスタンブールにイスラム文化、ギリシャ正教文化、ユダヤ文化などを混ざり合わせることなく共存させました。それぞれの宗教ごとに独立した共同体(ミレット制)を認め、それぞれの文化を維持させたのです。 現代のアジアで言えば、マレー半島(マラッカやシンガポール)がこれに近く、マレー系、中華系、インド系、ヨーロッパ系の文化が、それぞれの言語や宗教を守ったまま同じ空間に「モザイク」のように並んで存在しています。
5.「断絶・上書き型」過去の文化は消滅し、新たな文化へ
ここまでの4つは、多かれ少なかれ平和的な伝搬や自発的な受容の側面がありましたが、最後は圧倒的な暴力と軍事力によって文化が強制的にリセットされる「断絶・上書き型」です。
それまで数百、数千年かけて地域に根づいていた在来の言語、宗教、生活様式が短期間で破壊され、支配者の文化へと強制的に置き換えらる事例もあるのです。
実例:16世紀の中南米
最も痛烈な例は、16世紀のスペイン人による新大陸(アステカ帝国・インカ帝国)の征服です。独自の高度な天文学や建築技術を持っていた文明の神殿は破壊され、その基礎の石材を使ってカトリックの教会が建てられました。言語はスペイン語へ、宗教はキリスト教へと一気に「上書き」され、土着の文化は地下へと潜伏するか、消滅を余儀なくされたのです。
日本文明は?
では「日本」の文化は、上記の5パターンに区分するとなれば、どこに分類されるのでしょうか。
結論から言えば、約1500年という超長期のサイクルで徹底的な『集約型』を行い、近代以降のわずか100年ほどで爆発的な『放射型』へと大転換したという、極めてユニークな文明の歩み方をしているといえそうです。
「集約型」の時代
近世までの日本は、圧倒的な中国文化圏の影響下にありました。しかし、日本は島国という適度な距離感(安全地帯)にいたため、文化の津波に飲み込まれることはありませんでした。自分たちに「必要なものだけを集める」という主体的な集約を行ったのです。中国から文字や仏教を集めましたが、中国文化の根幹である「科挙(官僚試験)」や「宦官」の制度はあえて導入しませんでした。
そして、大陸から物理的に隔離された日本列島という「器(圧力鍋)」のなかで、数百年にわたり独自の熟成を繰り返します。
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漢字を集めて、独自のひらがな・カタカナを生み出す。
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お茶の文化を集めて、精神性を極めた茶道へ昇華する。
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大陸の絵画を集めて、独自の空間表現を持つ浮世絵へ育てる。
明治維新以降は、この「集める対象」が欧米へと切り替わりました。西洋の軍事、科学、衣服、食文化を猛烈な勢いで集め、これまでに蓄積していた和の土台とミックスさせたのです。
「放射型」への大転換
こうして1500年以上かけて「器」のなかに極限まで凝縮された独自の文化は、戦後から現代にかけて、今度は世界に向けて一気に「放射」される側へと転換しました。
現代の日本が他国に与えている影響は、枚挙にいとまがありません。アニメ、マンガ、ゲーム(任天堂やソニーなど)といったポップカルチャーは、いまや世界の共通言語となり、「カワイイ(Kawaii)」という言葉はそのまま世界で通じるようになりました。
さらに面白いのは、かつて周辺国から「集めた」文化を日本流にアレンジして「放射」している点です。東南アジアの保存食が起源とされる「寿司」、中国起源の「ラーメン」、スコットランド起源の「ウイスキー」などは、いまや日本が独自に洗練を極めた結果、最高峰の「JAPANブランド」として世界中に広がっています。
おわりに
文化の伝搬は、決して一方向だけの単純なパターンではありません。 ある時は国境を越えて広がり(放射)、ある時は一箇所に集まって煮込まれ(集約)、ある時は混ざらずに並び(モザイク)、ある時は突如として上書きされます。
日本が幸運だったのは、地理的な島国という条件のおかげで、「断絶・上書き型」の恐怖に怯えることなく、長い時間をかけてじっくりと文化を「集約・大成」させることができた点にあります。いま世界を席巻している日本のソフトパワーは、1500年間ひたすら外の文化を吸い込み続けた、巨大な蓄積の裏返しなのかもしれません。