AirLand-Battleの日記

思い付きや素朴な疑問、常識の整理など、特段のテーマを決めずに書いております。

象牙海岸という国を知っていますか?

 6月11日に始まったFIFAワールドカップ2026のサッカーの報道を見ていて、懐かしさを感じる国名を「再発見」しました。

 それは西アフリカの強豪「コートジボワール」です。ニュース記事を見ていると、この国は英語表記で「Ivory Coast(アイボリー・コースト)」と記載されていました。ここで、50代以上の方や歴史・地理に関心のある方なら、昔の世界地図や教科書では、この国が「象牙海岸」と漢字で記載されていたことを記憶しているはずです。アフリカの国名なのに漢字表記であることに、子供の頃に強く違和感を感じていたのではないでしょうか。

 なぜ同じ国についてこれほど異なる名称で呼ばれるように変わったのか?そこには、言葉の定着という自然な成り行きと、国家のプライド、そして国際政治の力学などが複雑に絡み合う経緯があったのです。

 

始まりは和訳

 かつて大航海時代、ヨーロッパの探検家や商人たちはアフリカ西海岸に到達し、それぞれの地域で盛んに取引される交易品にちなんで海岸に名前をつけました。現在のコートジボワール周辺は、文字通り象牙の交易中心地だったため、フランス語で「象牙の海岸」を意味する「Côte d'Ivoire(コート・ジボワール)」と呼ばれるようになります。

 1960年、この地域がフランスから独立して主権国家となった際、現地の人々はそのまま「コートジボワール」を公式の国名と定めました。

 当時、日本社会を含めた世界各国は、この(容易に翻訳可能な)国名を自国の言葉に直訳して受け入れました。そのため日本社会は「象牙海岸共和国」と呼び、英語圏は「Ivory Coast」と訳したのです。これが、かつて日本国内に広まっていた地図に「象牙海岸」と書かれていた理由です。ちなみに、周辺には同じように「黄金海岸(現在のガーナ)」や「奴隷海岸(現在のベナンなど)」と呼ばれた地域もありました。

 しかし、1985年に転機が訪れます。コートジボワール政府が国連などの国際舞台で、「我が国の公式国名は公用語であるフランス語の発音通り『コートジボワール』である。今後はどの言語であっても意訳(『象牙海岸』などに)せず、この発音をそのまま使ってほしい」と世界に公式要請したのです。

 背景には、言葉が直訳されることで国際会議のアルファベット順の席順が変わり混乱することへの不満や、植民地時代の名残を感じさせる名称を統一したいという強い意志がありました。

 

日本における対応と英語圏における習慣

 この要請を受けて、日本社会はどのように動いたのでしょうか。

 民間の報道機関や地図会社、教科書の発行元などは比較的早く動き出しました。1980年代後半から1990年代にかけて、「象牙海岸(コートジボアール)」という併記の期間を経て、徐々にカタカナの単独表記へと移行していきました。

 一方で、国が法律上の正式名称を改めたのは、それからしばらく経った2003年(平成15年)のことです。日本政府は「在外公館名称位置給与法」という、海外の大使館の名称や所在地を規定する法律を国会で改正しました。「在象牙海岸日本国大使館」を「在コートジボワール日本国大使館」へと書き換えることで、外交上の公式な呼称が名実ともに統一されたのです。

 一見、国名とは直接関係なさそうな法律名ですが、ここで「日本国大使館や領事館」をすべてリストアップすることになっており、結果としてここに書かれた表記が日本政府が認める公式な日本語表記の外国名となるというわけです。

 ところで英語圏のニュースでは、なぜ今でも「Ivory Coast」と書かれているのでしょうか。

 実際のところ、国名や都市名には、現地の人々が使う自称(エンドニム)と、他国の人々が長年使ってきた慣用表現(エクソニム)の2種類が存在するものです。英語圏のメディア、特にイギリスやアメリカの報道機関には、「長年定着した自国語の慣用表現をそのまま使い続ける」という強い傾向があります。これは、悪意や蔑称の意味合いがない限り、言葉の分かりやすさや定着度を優先する自然な成り行きと言えます。

 

他にもある呼称の改正

 コートジボワールのように、当事国からの要請や国際情勢の変化によって、日本社会が長年親しんできた呼称を改めた事例は他にも数多く存在します。

 代表的なのが、2015年に日本政府が公式に呼称を変更した「ジョージア旧称:グルジア)」です。中央アジアと東欧の境に位置するこの国は、2008年にロシアとの間で軍事紛争(ロシア・グルジア紛争)を経験しました。これを機に国内で反露感情が高まり、ロシア語由来の響きを持つ「グルジア」ではなく、英語風の「ジョージア」と呼んでほしいと世界に要請したのです。日本社会も外交的配慮から、法律を改正してこれを受け入れました。

 また、記憶に新しいところでは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際、日本政府や報道機関が一斉に首都の呼び方を「キエフ」から「キーウ」へと変更しました。これはウクライナ政府からの長年の呼びかけに応じたものであると同時に、「侵略を行っているロシア側の言語(ロシア語呼称)」から「当事国であるウクライナ語の呼称」へと、日本社会が主体的な外交・人道的判断によって切り替えた象徴的な出来事でした。

 他にも、2022年にトルコ政府が「英語の独自の意味(七面鳥や俗語でのネガティブな意味)を避け、自国のブランドを正しく発信したい」として国連に要請し、トルコ語の発音に近い「トゥルキエ」へと国際表記を変更した例や、2019年に隣国ギリシャとの長年の歴史的・領土的な名称論争を解決し、EUへの加盟を目指して自ら国名を「マケドニア」から「北マケドニア」へ改めたような事例もあります。

 さらに、歴史を遡れば、1989年に当時の軍事政権が「多数派の民族だけを指すような響きを避け、多民族国家にふさわしい現地語にする」として「ビルマ」から変更した「ミャンマー」のように、国内の体制刷新のために国名が変わるケースもあります。日本には「ビルマの竪琴」(竹山道雄・作)という有名な児童向け小説がありますが、そのうちこの書名も「ミャンマーの竪琴」へ変わるのかもしれません。

 

国家はときに分裂することも

 国名が根本的に変わる背景には、単なる呼び方の変更だけでなく、国家そのものの分裂や解体という激動の歴史が伴うこともあります。

 ここ数十年の間に、日本社会が目撃した最も平和的な分裂の例が、1993年の「チェコスロバキア」の解体です。この国は内戦を経験することなく、政治的な話し合いによって極めて合法的にチェコ」と「スロバキアという2つの国に分かれました。この歴史的な無血の分離は、布地のベルベットのように滑らかであったことから、国際的に「ベルベット離婚」と称されています。

 対照的に、激しい内戦の果てに国名が失われたのが、1990年代の「ユーゴスラビア」です。「バルカンの火薬庫」と呼ばれたこの連邦国家は、凄惨な民族紛争を経て完全に解体されました。スロベニアやクロアチアなどが次々と独立し、最終的に2006年にモンテネグロが分離したことで、「ユーゴスラビア」という国名は地球上から消滅し、現在は7つの独立国へと姿を変えています。

 アフリカ大陸でも、2011年に「スーダン」が南北の内戦を経て、南側が「南スーダン」として分離独立し、地図が書き換わりました。また、1991年には冷戦の一方の当事者であった大国「ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)」が崩壊し、ロシアやウクライナを含む15の独立国家へと解体されたのは、世界史における最大の国名消滅の事例です。

 

現在進行形の議論

 そして現在、世界が注目しているのが、大国「インド」の国名を巡る議論です。

 近年、国際会議の場でインド政府が「インディア」ではなく、古代のサンスクリット語に由来する伝統的な自称である「バーラト」という呼称を積極的に使い始め、大きな話題を呼んでいます。現政権は、『インディア』はイギリスの植民地時代に押し付けられた奴隷根性の象徴であり、本来の文化的ルーツである『バーラト』を誇るべきだという姿勢を示しています。

 実はインドの憲法第1条には、すでに「インディア、すなわちバーラトは、諸州の連合である」と記載されており、どちらも正式な国名です。

 しかし、これを「バーラト」へ完全に一本化することに対しては、国内で根強い慎重論があります。インドは多言語国家であり、北部の言語に由来する「バーラト」の強制は、独自の文化を持つ南部や東部の州からの強い反発を招くリスクがあるためです。また、世界的な超一級ブランドである「インディア」の名前を捨てることによる経済的損失や、パスポートや紙幣をすべて刷新する天文学的なコストも無視できません。そのため、法改正による強制的な変更ではなく、国際舞台で「バーラト」の実績を積み重ねていくという、実質的なアプローチが取られています。

 

自称と他称にズレがあるのは自然なこと

 このように見ていくと、日本(Japan / ニッポン)や、現地では「スオミ」と呼ばれるフィンランド、さらには周辺国によって「ジャーマニー」「アルマーニュ」などバラバラに呼ばれるドイツのように、自称(エンドニム)と他称(エクソニム)のズレは世界中に溢れています。

 他国が使う古い呼び名は、かつてその土地を訪れた商人の聞き間違いや、最初に出会った一部の部族の名前が口伝えで世界へ広まり、定着したものがほとんどです。そこに悪意はありませんが、当事国にとっては、自国の独立性や誇り、ときには歴史的な痛みを払拭するための切実な問題となることがあります。

 日本社会における外国名や都市名の表記は、法律で民間へ強制されているわけではありません。社会の混乱を防ぐための共通言語として政府の基準をベースにしつつも、報道機関や専門家たちが「一般の人に伝わりやすいか」「教育上ふさわしいか」「悪意ある蔑称ではないか」を議論しながら、最終的な表記を決めています。

 世界地図の国名や都市名が変わる背景には、人間の営み、政治の駆け引き、そして歴史の大きなうねりが必ず存在しています。ニュースや地図で変わった名前を見かけた際は、その裏側にある事情に興味をもつと、世界の見え方がまた少し変わるかもしれません。

 

 ひるがえって読者は日本人としてどうして欲しいですか?

 できることならば世界中の人に「ニッポン」と呼んでもらいたいでしょうか?悪意や侮蔑の意味がない限り、発音しやすい慣用表現のままで気にしないでしょうか?