最近の日本社会における外国人の存在感はかつてないほど高まっています。街中のコンビニエンスストアや飲食店、あるいは建設現場や介護の施設など、あらゆる場所で外国人労働者の姿を見かけるようになりました。
その中でも、特に急速に存在感を増しているのがベトナム出身の人々です。しかし、その急激な変化の裏では、私たちが直視しなければならない影の側面も顕在化しています。
日本の刑務所に服役している外国人の中で、現在、最も多い国籍はどこかご存じでしょうか。長年最多だった中国人を抜き、全体の約23.3%を占めて第1位となっているのが、実はベトナム人なのです。
地域社会からも「ゴミ出しのルールが守られない」「夜間に多人数で集まって騒ぐ」といった住民トラブルや、万引き、豚の盗難、組織的な大量窃盗といった犯罪ニュースが比較的多く報道されるようになり、「ベトナム人は遵法意識が未熟なのではないか」という警戒感を抱く声も聞かれるようになりました。
しかし、この事実に接したとしても、単に特定の国籍に対する不安や拒絶を覚えるだけでは短絡的と思います。なぜこうした状況が生まれているのか。その背景には、急激な人口動態の変化と、日本社会の受け入れ構造が抱える歪み、そしてベトナムという国が持つ特有の気質などが複雑に絡み合っているのです。
本記事では、「影」というべき問題点の背景を客観的に調べながら、同時に彼らが持つ愛着と敬意を払うべき「光」の側面、すなわち優れた文化的ポテンシャルについても確認し、これからの日本社会が彼らとどう向き合うべきかを考えてみたいと思います。
1. 刑務所収容者でトップ
まず、「在日ベトナム人はそれほど人数が多くないはずなのに、なぜ犯罪や刑務所の収容者が多いのか」という疑問については、前提となる数値を精査する必要があります。
実はここ10年ほどで、在日ベトナム人の数は爆発的に増加しています。出入国在留管理庁の統計によると、現在、在留外国人の数でベトナムは約60万人弱に達し、中国に次ぐ第2位となっています。さらに重要なのは、その年齢構成です。40代以上の層も多く含まれる中国籍コミュニティに比べ、ベトナム籍の大部分は20代から30代前半の「若年労働層」に集中しています。この若い年齢層に限れば、すでに実質的に日本で最も多い国籍となっています。
一般的に、古今東西どの社会であっても、20代から30代の若い男性の人口比率が高まれば、粗暴犯や窃盗などの犯罪発生率は統計的に高くなります。つまり、分母となるベトナム人の若者層が日本国内で激増したことが、刑務所の収容者数で首位になった最大の構造的要因になったということです。
2. 追い詰められた結果.....
では、彼らの遵法意識そのものが未熟なのかと言えば、一概にそうとは言い切れません。ベトナム国内にも厳格な法秩序は存在し、大多数の在日ベトナム人は真面目に働いています。問題は、一部の若者が犯罪に手を染めてしまう環境面の課題が日本社会の側に存在することです。
その最大の要因が、これまでの「技能実習制度」がはらんでいた構造的欠陥でした。多くのベトナム人の若者は、母国の送り出し機関に多額の借金を背負って来日します。しかし、配属先の企業で低賃金労働を強いられたり、人間関係に悩んだりしても、原則として「転籍(転職)」が認められていませんでした。さらに昨今の円安が追い打ちをかけ、「このままでは借金が返せない」「生活が成り立たない」と経済的に困窮した若者が、職場から失踪するケースが相次いだのです。
ベトナム人はもともと、伝統的な村落共同体の結びつきを重視し、横の繋がりが非常に強いという性向を持っています。しかし、社会的に孤立し、日本語も未熟なまま地下に潜った失踪者が、SNSを通じて同胞の不良ネットワークと結びついたとき、その強固な結束力は組織的な窃盗団という最悪の形で表出してしまいます。
地域での住民トラブル(騒音やゴミ出しなど)も同様です。ベトナムは開放的で賑やかなコミュニケーションを好む文化ですが、日本の地方都市やアパートのような静粛さを求める環境に、ルールを十分に教えられないまま配置された結果、摩擦が生じています。これらは個人の資質というよりも、労働力としてのみ彼らを期待し、生活者としてのケアや教育支援を怠ってきた日本社会の受け入れ体制の歪みが、犯罪やトラブルという形で表出したものと見るべきでしょう。
3. 驚くべきベトナム民族
こうした現在の「影」の現象を知ると、ベトナムに対してネガティブな印象ばかりが先行しがちですが、本来の姿には驚くべきものがあります。
特に学術・教育面において、ベトナムは世界から大きな注目を浴びています。その象徴が、経済協力開発機構(OECD)が実施している15歳を対象とした国際学習到達度調査(PISA)の結果です。ベトナムは経済発展の途上にある国でありながら、数学や科学の分野で、英国や米国といった主要な先進国を上回る上位に何度もランクインし、世界の教育関係者に注目されています。これには国を挙げた基礎教育への投資と、極めて高い家庭の教育熱が背景にあるのです。
さらに高等数学の分野では、2010年に数学界のノーベル賞と呼ばれる「フィールズ賞」を、ベトナム出身のゴ・バオ・チャウ教授が東南アジア出身者として初めて受賞するという快挙も成し遂げています。(ちなみに日本人の同賞の受賞者は3人のみで、1990年を最後に誰も受賞していません。)
また、IT分野における躍進も目覚ましく、単なる下請けの国から、高度なAIやデータサイエンスの人材供給国へと脱皮しつつあります。日本国内でも、ベトナム最大のIT企業である「FPTソフトウェア」の日本法人が、数千人規模の社員を抱えて日本企業のシステム開発を裏で支える巨大企業として定着しています。
伝統的文化に目を向けても、その独自性は際立っています。かつて11世紀の農村から生まれた独自の「水上人形劇」のような伝統を守り抜く一方で、フランス統治時代の裁断技術を取り入れて民族衣装「アオザイ」をモダンに進化させたり、フランスパンを現地化して世界的な人気食「バインミー」を生み出したりと、外来の文化を吸収して独自の美意識へ昇華させる柔軟性と職人気質を持っています。
スポーツでは、相手の首を両足で挟んで投げる派手な足技が特徴の固有の伝統武術「ボビナム」が世界中に普及しているほか、国技レベルの人気を誇るサッカーでは、国際大会で勝利すると街中が国旗を掲げたバイクで埋め尽くされるほどの熱狂を見せます。近年はアジアトップクラスの実力をつけ、女子サッカー代表はワールドカップ初出場を果たすなど急成長を遂げています。
これら文化・スポーツ・学術に共通しているのは、ベトナム人の限られた環境の中でも、驚異的な集中力と適応力を発揮して成果を出すという強烈なエネルギーです。
4.巨大帝国・中国に浸食されなかった歴史
こうした優秀さは、彼らが歩んできた歴史によって鍛え上げられたものです。ベトナムは、歴史を通じて北方の巨大帝国である中国と陸続きで接しながら、文化的にも政治的にも相当程度の独立性を保ち続けてきました。その理由は、彼らの卓越した生存戦略にあると見受けられます。
地理的には、国境地帯の険しい山岳ジャングルや熱帯特有の感染症(マラリアなど)が天然の防壁となり、中国の歴代王朝にとって直接統治のコストが合いにくい土地でした。しかしそれ以上に、ベトナムの歴代王朝が展開した「外王内帝(がいおうないてい)」という老獪な外交知恵が決定政となりました。
これは、中国に対しては表向き「臣下」として朝貢を欠かさず、大帝国のプライドを満たしておく一方で、国内においては自らを「皇帝」と称し、独自の元号や天下観を持つという実利的な二面性で対応するというものでした。彼らは宋、元、明、清といった大帝国の侵略を何度も軍事的に撃退していますが、驚くべきは、戦いでの勝利が確定した直後、すぐに中国へ使者を送り、平身低頭して朝貢を再開したという点です。深追いして大帝国の本気の報復を招くことを避ける、極めて高度な外交的な知恵と言えます。
また、中国の漢字や儒教、官僚登用試験である科挙を徹底的に模倣して自国を文明国化しつつも、漢字をベースにした独自の文字「チュノム」を作り出して独自の口語文学を発展させました。末端の農村には「皇帝の法律も、村の規則には敵わない」という格言があるほど強固な共同体規則があり、中国化の波を完全に遮断したのです。この外圧に対する反骨の歴史そのものが、彼らの強い民族アイデンティティの基盤となっています。
さらに述べておかなければならないのが、ベトナム戦争でアメリカ軍を退けたことでしょう。千年に及ぶ中国の侵略を退けてきたベトナム人には、「外国勢力による直接支配を絶対に受け入れない」という強固な民族アイデンティティが根底にありました。この強い愛国心(と共産主義思想統制)が、アメリカ軍の圧倒的な物量や最新兵器を前にしても屈しない精神的支柱となりました。
また、独自の村落共同体」深く根ざした横の結束力により、農民とゲリラが一体化して執拗な持久戦を展開。厳しい環境下でも驚異的な集中力と適応力を発揮し、クチの地下トンネル網に代表される戦術でアメリカ軍を翻弄しました。メンツを追わず実利を取り、不屈の闘志で泥沼の消耗戦を戦い抜いた粘り強さこそが最大の勝因です。
5. 日本社会はどのように迎えるべきか
こうした歴史に裏付けられた高い学習能力と適応力を持つベトナム人ですから、日本社会のルールやマナーを学ぶ能力は十分にあると考えるべきでしょう。現に、受け入れ企業が正しい日本語教育とゴミ出しなどの生活指導を行い、地域社会が孤立させずに巻き込んでいるケースでは、彼らは驚くべき速さで日本の習慣を習得しています。
日本社会における外国人の定着の歴史を振り返ると、1970年代後半のベトナム戦争後に日本が受け入れた「インドシナ難民」とその子孫(2世・3世)の存在があります。神奈川県や兵庫県などに定住した彼らは、すでに日本語を母語とし、公務員や医師、弁護士、地元企業の経営者として、何の問題もなく日本社会のインフラを支える一員となっています。
現在、地域で摩擦を起こしている若い労働者層は、いわば定着の「第1世代」であり、日本社会としても彼らを受け入れる過渡期の混乱の最中にあると言えます。
こうした状況を改善するため、日本社会の制度も大きな転換期を迎えています。長年批判の根深かった技能実習制度は廃止され、2027年からは新制度「育成就労制度」へと本格的に移行します。この新制度では、建前を排して「人材育成と労働力確保」を明確に目的化し、一定の日本語能力などの要件を満たせば、実質的に不可能だった「転籍(転職)」が可能になります。また、入国時やステップアップ時に一定の日本語試験の合格が義務付けられます。これにより、悪質なブラック企業は淘汰され、真面目な若者が追い詰められて犯罪に手を染めるリスクは大幅に低減すると期待されています。
現在、日本の介護現場では、多くのベトナム人女性が活躍しています。彼女たちの多くは、目上の人を敬い家族を大切にするという儒教的な価値観を持っており、お年寄りに寄り添う優しさや献身性は、多くの施設で深い信頼と敬意を獲得しています。
日本は選ばれる国に
現在、介護やITの現場で働く彼女たちの多くは、幼い頃に『ドラえもん』や『名探偵コナン』を観て育ち、日本人の礼儀正しさや震災時に見せた秩序正しさに憧れて来日した若者たちです。
しかしご指摘の通り、世界を見渡せば、韓国や台湾、オーストラリア、あるいは欧州など、日本よりも高い給与を得られる国は他に多く存在します。円安が進む中、「ただ稼ぐためだけ」の国として見た場合、日本の魅力は明確に低下しています。日本社会が今後も、優秀で社会性のあるベトナム人を歓迎し、選んでもらう国であり続けるためには、彼らを単なる安価な代替労働力として使い捨てる姿勢を完全に捨て去らねばなりません。
日本社会のルールやマナーを適切に教育し、孤立させない仕組みを作ること。そして、真面目に努力した者が「特定技能2号」などの在留資格へステップアップし、将来的には家族を呼び寄せて永住の道も開けるような、明確な人生のキャリアパスを提示できる社会になること。
彼らが持つ日本への純粋な憧れと敬意に対して、日本社会の側も同じだけの敬意と歓迎の心で応えていくこと。それこそが、ベトナム人の持つ強靭なエネルギーと高い学習能力を、これからの少子高齢化する日本社会を共に支える、最も心強いパートナーの力へと変えていく唯一の道ではないでしょうか。
先日「イラン人の本当の姿は?」という題で投稿した際に、同様の観点で思い付いたベトナム人について書いてみようと直ぐに思いました。刑務所で一番多い外国人という情報だけでは、それが客観的事実であるとしてもかなり断片的であり、理解には程遠いことが今回の記事でも納得できると思います。異文化の外国人を絶対に侮ってはいけないと改めて感じられたのではないでしょうか。