インターネットの黎明期を知る方であれば、誰もが一度は「情報の玄関口」としてお世話になったであろう「Yahoo!(ヤフー)」。1990年代の後半、ブラウザを開くと、そこには文字がぎっしりと詰まったYahoo!のトップページがあり、そこから様々な未知のウェブサイトへネットサーフィンをしたものでした。
しかし現在、あの懐かしいYahoo!の姿はほぼ消滅しかけています。ただし日本においては、今日になってもなお「Yahoo! JAPAN」を使い、電車の「路線検索」でスムーズな乗り換え情報を調べ、ニュースや天気をチェックしています。
世界で人気を落とした本家アメリカのYahoo!と、日本社会で今なお圧倒的なシェアを維持するYahoo! Japan。そして、その背後で起きているサーチエンジンの勢力図の変化には、日本独自の文化や利用環境が深く関係しています。かつて数多くのサーチエンジンが覇を競った「ポータルサイト」の歴史を振り返りながら、現在のネット社会の一面を見てゆきましょう。
第一章:日米で明暗が分かれた「Yahoo!」
まず、現在の具体的なデータから、日米におけるYahoo!の「格差」を見てみましょう。
全世界のサーチエンジン市場において、現在Yahoo!が占める割合はわずか1.4%程度にすぎません。本家であるアメリカ国内を見ても、そのシェアは約2.8%と、見る影もないほどに衰退しています。
ところが、日本の検索市場におけるYahoo! Japanのシェアは約7%から10%を維持しています。これだけ見ると少なく感じるかもしれませんが、ウェブサイトやアプリを訪れる「月間利用者数」という指標で見ると、その真の強さが見えてきます。現在、日本国内におけるGoogleの月間利用者が約8,400万人であるのに対し、Yahoo! JAPANの利用者は約8,200万人。なんと、日本社会においてはGoogleとヤフーがほぼ互角の規模で利用されているのです。
なぜ、アメリカの本家Yahoo!はこれほどまでに没落してしまったのでしょうか。
最大の理由は、「検索の技術」を軽視したことにあります。黎明期のアメリカYahoo!は、自社を最先端の技術企業ではなく、テレビ局のような「メディア企業」であると定義してしまいました。そのため、自社での検索技術の開発を怠り、一時期は新興勢力であったGoogleから技術をレンタルして凌ぐという失策を犯します。結果として検索の精度で圧倒的な差をつけられ、さらにスマートフォンへの対応に遅れたことで、海外のユーザーから完全に見限られることとなりました。
第二章:なぜYahoo! Japanは生き残れたのか
アメリカの本家が自滅していく中で、日本のYahoo! JAPANがこれほどまでの成功を収められたのは、早い段階から中身も経営も、アメリカとは完全に別物の会社として歩んでいたからです。
日本のYahoo!は、設立当初から日本の事業者が主導権を握り、徹底的に日本人の好みに合わせるという戦略を貫きました。アメリカ側がデザインの簡素化を求めても、日本側はそれを拒否し、文字が多くて一目で大量の情報が手に入る、日本人が安心するあのトップページの画面を守り続けたのです。
さらに日本社会の生活インフラになるサービスを、驚異的なスピードで先手を打って展開していきました。 その代表例が、日本人の複雑な鉄道網に完璧に対応した「路線検索(Yahoo!路線情報)」です。出発地と目的地を入力した際の分かりやすさ、乗り換えプロセスの表示の見事さは、日本人の生活リズムに完全に溶け込んでいます。これに加え、「Yahoo!ニュース」や「Yahoo!知恵袋」といった、日本人が毎日使いたくなるサービスを一画面に集約し、一つの会員登録情報で全てを完結できるように囲い込みました。
そして極めつけは、2010年に行ったプライドを捨てた超現実的な戦略です。日本のYahoo!は、自社での検索技術開発を諦め、裏側の検索システムをライバルである「Google」のものに切り替える決断を下しました。「中身はGoogleの高性能な検索、表側の見た目や便利機能は使い慣れたYahoo!」というハイブリッド構造にしたことで、検索の質を落とすことなくユーザーを繋ぎ止めることに成功したのです。
現在では、日本でお馴染みの対話アプリ「LINE」や、キャッシュレス決済の「PayPay」とも同じグループとなり、単なるウェブサイトの枠を超え、日本社会のインフラそのものとして君臨しています。
第三章:日本で「Bing」の存在感が高い理由
日米のデータを見比べたとき、もう一つ興味深い現象に気づかされます。それは、マイクロソフト社が提供するサーチエンジン「Bing(ビング)」のシェアが、日本社会において突出して高いという点です。
世界全体でのBingのシェアは4.3%程度ですが、アメリカでは約9.6%、そして日本ではなんと24%から33%という高いシェアを記録しています。特に、持ち運びのできるスマートフォンではなく、据え置き型の「パソコン環境」に限ると、日本ではBingがYahoo! Japanを抜いて明確な2位につけています。
提供元であるマイクロソフト社は世界共通の基準でサービスを展開しているのに、なぜ日本だけでこれほど使われているのでしょうか。ここには、日本特有のビジネス環境とユーザーの気質が関係しています。
日本社会のオフィスや官公庁、教育現場におけるWindowsパソコンの導入率は、世界的に見ても非常に高い水準にあります。そして、日本社会で働く多くの人々やライトユーザーには、パソコンを新しく買ったり会社から支給されたりした際、最初から入っている標準の画面や設定を、そのまま変更せずに使うという強い傾向があります。
海外のユーザーであれば、すぐに自分好みの別の閲覧ソフトを導入したり、検索の基準をGoogleに変えたりする傾向が強いのですが、日本社会では最初から入っているマイクロソフトの標準閲覧ソフト(Internet ExplorerやEdge)を、そのまま仕事で使うことが一般的です。最近のパソコンでは、画面の隅にある検索ボックスに言葉を入れるだけで、自動的にBingで検索される仕組みになっており、多くの人々が無意識のうちにBingを使い続けています。
さらに、近年話題の「人工知能(AI)による自動要約機能」をマイクロソフトが検索画面にいち早く取り入れたことも、新しいもの好きでありながら設定変更を面倒くさがる日本社会のニーズにうまく合致しました。
第四章:「ポータルサイト」の今
再び1990年代の状況を見つめ直してみましょう。当時はヤフーだけでなく、Infoseekや、Lycos、Excite、Altavista、HotBot、国内ではGooなど、数多くの検索エンジンが「ポータルサイト」という「情報の玄関口」の機能について覇を競っていました。
あれから30年が経過した現代、これら「ポータルサイト」を取り巻く状況は一変しています。世界的には、ポータルサイトという概念そのものがほぼ全滅したと言っても過言ではありません。
現代の海外ユーザーは、ネットを開くときに情報が詰まった玄関口を通っていません。文字が何もないGoogleの真っ白な検索画面を開くか、最初から自分の目的のアプリ(各種SNSや動画サイト、特定のニュースアプリ)を直接起動します。つまり、情報の入り口が完全にバラバラに分散してしまったのです。
その世界的な流れの中で、唯一の例外として「一画面に全てが詰まったポータル」の形を維持し続けているのが、日本のYahoo! JAPANです。ただし彼らも時代に合わせて姿を変えており、現在はパソコンの画面から、スマートフォン専用の「Yahoo! JAPANアプリ」へと主戦場を移しています。あの伝統的な「検索窓があり、ニュースがあり、天気が並ぶ」という構造を、スマホの手のひらサイズに凝縮して生き残っているのです。
また、現代においては「形を変えた新しい玄関口」も登場しています。スマートフォンの画面をスワイプした際、自動的にその人の好みに合わせたニュースや天気が並ぶ機能や、様々な新聞・雑誌の記事をまとめて配信するニュースアプリなどが、現代版のライトなポータルサイトとして機能しています。
第五章:これからの姿
最後に、昔のYahoo!を語る上で外せないもう一つの伝統について触れたいと思います。
かつてのYahoo!は、単にキーワードで検索する場所ではなく、魅力ある「リンク集」でした。「サーファー」と呼ばれる専門の担当者が、世の中にあるウェブサイトを一つひとつ実際に目で見て審査し、「映画」「音楽」といったカテゴリーごとに手作業で分類して紹介していたのです。
当時は、個人のホームページであっても、このYahoo!のリンク集に登録されることは最大の栄誉であり、信頼の証でした。また、当時の個人サイトの多くには、必ずと言っていいほど「リンク(お気に入り)」というページがあり、お世話になっている仲間や、自分が本当に面白いと思ったお薦めサイトのリンクをズラリと並べる「伝統」がありました。
この手作業による温かいリンク集が魅力を失ってしまったのは、Googleが開発した「ロボットによる自動分析・順位決定機能」があまりにも優秀だったからです。爆発的に増え続けるインターネットの情報を、人間の手で網羅することは物理的に不可能になり、打ち込んだキーワードに対して瞬時に最適なページを弾き出す自動検索の前に、ディレクトリ型と呼ばれるリンク集は敗北を喫しました。
さらに、個人が独自のホームページを作らなくなり、各種SNSという既存の舞台で発信するようになったこと、また、中身のないサイト同士が検索順位を不正に上げるためにリンクを貼り合う悪質な行為が横行し、検索エンジン側が、不自然なリンクの貼り合いにペナルティを与えるようになったことで、個人のサイトから純粋な善意のリンク集すらも姿を消していきました。
しかし、個人的には思うところがあります。信頼できる誰かが、独自の視点でお薦めのサイトを厳選して紹介してくれる機能は、情報が溢れかえり、広告や似たようなまとめサイトばかりが上位に並ぶ現代だからこそ、むしろ価値を増しているのではないでしょうか。
実際に現代のネット世界では、この「リンク集の精神」が形を変えて復活しつつあります。 SNSの発信者たちが、自分のプロフィール欄に「お薦めのリンク一覧」をまとめた簡易的なページを設置する文化が定着しています。また、海外や日本の一部では「ニュースレター」という仕組みが再評価されており、信頼できる専門家が「今週読むべき素晴らしい記事のリンク5選」を、丁寧な解説付きで直接メールで届けてくれる有料サービスに人気が集まっています。
自動計算を行う人工知能がどれだけ賢くなっても、「あの信頼できる人が薦めるサイトだから、行ってみよう」という、人間の知性と感性に基づいた繋がりの価値が変わることはありません。情報が濁流のように流れる現代の日本社会だからこそ、個人のこだわりやリスペクトを伝えるための独自の「リンク集」という伝統は、形を変えながらも、静かに、そして優雅に残り続けてほしいものです。