現代の日本社会は「合理的」あるいは「可能な限り合理的であろうとすべき」社会となっているいるはずです。科学が万事を解明し、情報は記号として処理され、かつての迷信は過去のものとなった……表面的にはそのように見えます。しかし、ひとたびSNSを開けば、特定の「言葉」を巡る激しいバッシングが吹き荒れ、国旗という「布」の扱いを巡って国を二分する議論が戦わされています。
なぜ、私たちはこれほどまでに「言葉」や「形」に過敏に反応するのでしょうか。そこには、日本古来の「言霊(ことだま)」思想や、東洋の「文字の獄」に象徴される、名と実体を同一視する根深い呪術的思考が細んでいるように思えます。今回は、歴史的な実例を紐解きながら、現代の「言葉狩り」や「国旗損壊罪」の議論の本質を整理してみましょう。
言葉狩りと言霊
日本には古くから「言霊思想」があります。言葉には霊的な力が宿り、発せられた言葉は現実に影響を与えるという信仰です。結婚式で「切れる」「帰る」といった忌み言葉を避けるのは、その典型的な名残です。
この感覚は、現代の「言葉狩り」と呼ばれる現象の根底にも流れているように理解しています。差別用語や不適切な表現を単なる「情報の誤り」として訂正するのではなく、その言葉がこの世に存在すること自体が「社会の汚れ(穢れ)」であるかのように忌み嫌い、徹底的に排除しようとする心理。これは、言葉を道具ではなく、現実を左右する「呪文」として捉える言霊信仰の現代的発露と言えるでしょう。
「真名」と「文字の獄」
「言葉が現実を支配する」という考え方は、特に対象が「名前」になった時にその威力を増します。かつての東アジアにおいて、本名(実名)は単なる呼称ではなく、その人物の魂の一部、あるいは肉体そのものと見なされてきました。
歴史上有名な1614年の「方広寺鐘銘事件」はその象徴です。豊臣家が再建した方広寺の鐘に刻まれた「国家安康」という文字。これに対し、徳川家康は「家康の二文字を分断し、胴切りにしている(呪っている)」と激怒し、これが大坂の陣、ひいては豊臣家滅亡の引き金となりました。現代から見れば強引な「言いがかり」に聞こえますが、当時は「名前を傷つけることは、本人を呪殺することと同じである」という呪術的なリアリティが、政治的な正当性として通用したのです。
同様の例は中国にもあります。清朝の「文字の獄(もんじのごく)」では、詩の中に「維民所止(民の止まる所を維なぐ)」という一節を書いた学者が処刑されました。その理由は、皇帝の称号である「雍正」から上の部分を取り除くと「維」「止」という字になる、つまり「皇帝の首をはねる呪詛である」と解釈されたためです。文字の形そのものが物理的な刃として機能した時代があったのです。
象徴「物」を損壊することの意味
この議論を現代の「国旗損壊罪」へと広げてみると、問題の本質を別の視点から分析できるかもしれません。
国旗という存在を、物理的な「モノ」として見れば、それは単なる布と染料の組み合わせに過ぎません。その布を破り、焼いたとしても、国家の機能が物理的に損なわれるわけでも、誰かが直接怪我をするわけでもありません。そのため、合理的・科学的な視点に立つ人々は「表現の自由の範囲内であり、処罰するのは非合理的だ」と主張します。
しかし、もし国旗を「国家の名前(真名)」や「国民の身体の象徴」として捉えるならば、景色は一変します。国旗を汚すことは、その国に属するすべての人々の魂を呪術的に傷つける行為に変貌します。ここで対立しているのは、「布」と見る理性と、「身体」と見る感性、あるいは「近代的な自由」と「前近代的な聖性」です。
キャンセルカルチャー
興味深いことに、海外から輸入された「キャンセルカルチャー」も、日本に定着する過程でこの呪術的土壌と混ざり合っています。
欧米のキャンセルカルチャーは、権力者への「説明責任(アカウンタビリティ)」を問うという社会的正義の側面が強いものです。しかし、日本ではそれが「和を乱す不浄な者を排除する」という、古来の「村八分」や「禊」のような感覚と結びつきやすい傾向があります。一度不適切な言葉を発した者は、その言葉の「穢れ」を身にまとった存在として社会から「キャンセル(抹殺)」されるまで叩かれる。これは、現代的な正義の形を借りた、きわめて伝統的な「呪術的制裁」であると言い換えることもできるでしょう。
「象徴」から逃げられないか
「言葉なんてただの音だ」「国旗なんてただの布だ」「名前なんてただの記号だ」。そう言い切れる強靭な合理性だけで社会を運営できれば、言葉狩りも文字の獄も消滅するのかもしれません。
しかし、人間は意味を生きる動物です。私たちは、言葉に励まされ、名前に誇りを持ち、旗の下に結束します。象徴に「力」を見出すからこそ、私たちは社会を形作ることができているという側面も否定できません。
「言葉狩り」や「国旗損壊」を巡る議論。それは、私たちが「合理的な個」として自由を追求することと、「物語や象徴を共有する集団」として秩序を維持することの間で、今なお揺れ動いている証左であるとも言えるでしょう。