私たちは、ある企業の名前を聞くと、反射的にその会社で有名な主力の製品を思い浮かべます。「プジョーといえば車」「任天堂といえばゲーム機」「富士フイルムといえば写真」。しかし、彼らのショールームやカタログを深く覗いてみると、そのイメージからは想像もつかないような「異種」の製品が並んでいることに驚かされることがあります。
しかもそれらは、安易な企業の買収によって手に入れたものではなく、自社がもともと持っていた「技術の根っこ」を、自分たちの力で枝分かれさせて育てたものがあるのです。
なぜ、一流の製造業でも大胆な多角化を成し遂げられるのか。今回は、具体的な13の事例を挙げながら、その裏側にある論理的な生存戦略を探ってみたいと思います。
「技術の根っこ」からの展開
まず、冒頭で触れた有名企業の意外な一面を整理してみましょう。
フランスのプジョーは、今でこそ世界的な自動車メーカーですが、その歴史を遡ると金属加工からスタートしています。1840年代にはすでに「コーヒーミル」や「胡椒挽き」を製造しており、その精緻な刃の構造は、現在も世界中のシェフから「プジョーのペッパーミルでなければ」と指名されるほどの信頼を勝ち取っています。
また、任天堂も象徴的です。現代ではSwithc2などのハイテクゲーム機が代名詞ですが、1889年の創業以来、今なお「花札」や「トランプ」を作り続けています。娯楽の本質を捉えるという姿勢は、100年以上前から変わっていません。
さらに、富士フイルムの事例は現代ビジネスにおける多角化の教科書と言えるでしょう。デジタル化の波でアナログフィルムの需要は、2000年をピークに10年で約10分の1以下にまで激減しました。しかし、彼らはフィルムの主成分であるコラーゲンの酸化を防ぐ技術や、ナノ粒子を均一に配置する技術を応用し、化粧品「アスタリフト」を誕生させました。写真という「思い出の劣化を防ぐ」技術を、肌の「老化を防ぐ」方向へと、見事に翻訳したのです。
素材と加工技術の「垂直展開」
企業が新しい分野に踏み出すとき、そこには必ず「論理的な橋渡し」が存在します。多くの場合、それは「素材の熟知」と「加工の精度」です。
例えば、タイヤ大手のブリヂストンを考えてみましょう。彼らはゴムの配合技術において世界屈指の知見を持っています。その技術は、ゴルフボールや、自転車のタイヤ、さらには大地震から建物を守る「免震ゴム」へと展開されています。
同じように、三菱鉛筆(三菱グループとは別資本の企業です)は、鉛筆の芯の材料である炭素(カーボン)を極めることで、ゴルフクラブのシャフトやアイライナーなどの化粧品へと進出しました。鉛筆で培った「微細な粉末を滑らかに付着させる」というコア技術が、美容の世界で花開いたのです。
また、金属加工の極致を行くのがシマノです。彼らの売上の約76%(約3,550億円)は、スポーツ自転車の変速機などの部品が占めています。しかし、残りの約24%(約1,108億円)を支える釣具(リール)もまた、世界中の釣り人に愛されています。自転車のギアを回す精密な感覚と、魚とのやり取りでリールを巻く感覚。これらは「回転体と金属の精度」という一点において、完璧に繋がっています。
「お湯」と「風」から広がるイノベーション
家庭で見かける身近な道具にも、驚くべきルーツがあります。
象印マホービンの主力は言わずとしれた魔法瓶や炊飯器ですが、近年「加湿器」が大きな注目を集めています。同社の加湿器は、構造がほぼ「電気ポット」そのものです。お湯を沸かして蒸気を出すというシンプルな方式を採用したことで、フィルター掃除の手間を省き、清潔さを求める消費者の心を掴みました。
空調のダイキン工業も面白い存在です。エアコンを動かすには「フロンガス(冷媒)」が必要ですが、彼らはこのガスを自社で作る過程で、高度な「フッ素化学」の技術を蓄積しました。その結果、フライパンの焦げ付きを防ぐコーティング剤や、半導体の製造工程で使われる特殊な化学製品において、世界的なシェアを持つに至っています。
伝統を再定義する「精密機械」の世界
古くからの技術を現代のニーズに合わせて再定義した企業もあります。
ブラザー工業はミシンの修理から始まりましたが、そこで磨いた精密機械技術をタイプライター、そして現在の主力であるプリンターへと進化させました。それだけではありません。通信と音源の技術を自社で融合させ、カラオケ機器の「JOYSOUND」をグループで展開するなど、ハードウェアとサービスを繋げる柔軟性を持っています。
刃物の町、岐阜県関市で生まれた貝印は、カミソリで培った「切る」技術を、包丁やツメキリ、さらにはお菓子作りの道具へと広げました。
また、日本碍子(NGK)は、送電網を支える絶縁体である白い陶磁器”碍子”(がいし)から始まり、そのセラミックス技術を自動車の排ガス浄化フィルターや、家庭用の高性能浄水器へと昇華させました。
現代の多角化:マキタとアイリスオーヤマ
最近の市場を席巻しているのが、マキタとアイリスオーヤマです。
マキタはもともとモーターの修理から始まり、電動工具のメーカーとなりました。現在の彼らの強みは「バッテリー技術」です。一つの高性能なバッテリーで、ドリルも、掃除機も、草刈機も、さらにはコーヒーメーカーや電子レンジまで動かせるという「バッテリーの互換性」を軸に、現場から家庭までを支配しようとしています。
一方のアイリスオーヤマは、プラスチックの収納ケースから始まりました。そこから「生活者の不満」を見つけるマーケティング能力を武器に、家電やLED照明へと進出。外部の優秀な技術者を積極的に受け入れつつ、自社の持つスピード感と販路を掛け合わせることで、短期間で「総合家電メーカー」に近い立ち位置を築きました。
一見すると無関係なものが結ばれるとき
最後に、トヨタグループの源流である豊田自動織機と、農業機械のクボタ、そして研削盤の岡本工作機械製作所に触れておきましょう。
豊田自動織機は、布を織る機械で培った「動力を効率よく伝える技術」をフォークリフトやカーエアコンへと繋げました。クボタは、明治時代から続く鋳造(金属を溶かして型に流し込む)技術を活かし、水道管とトラクターという、インフラと農業の両輪を支えています。岡本工作機械製作所は、金属をミクロン単位で平らに削る技術を、現代の最先端産業である半導体製造装置へと応用しました。
これらの13社に共通しているのは、流行に流されて闇雲に手を広げたわけではない、ということです。 彼らは自社の「正体」を深く理解しています。
「うちは車屋だ」と定義するのではなく、「うちは精密な金属加工ができる集団だ」と定義し直す。そうすることで、自動車の隣にペッパーミルが並び、自転車のギアの隣に釣りのリールが並ぶ、一見不思議で、しかし極めて合理的な風景が出来上がるのです。
私たちがビジネスや人生において「新しいことに挑戦しよう」とするとき、ヒントは案外、すでに手にしている「使い古したはずの道具」の中にあるのかもしれません。